第28章 あたら夜《壱》
感心と少しの畏怖を感じながら、とりあえずと野口の肩を叩く。
「道草食ってたら炎柱様に見つかるかもしれないしな。オレ達も行こう」
「あ…おう」
「気を付けて。よろしくお願いします」
「彩千代もな」
頭を下げる蛍に見送られて、再び灯りのない野原を行く。
見送る蛍をちらちらと何度も視界の端で捉える野口に、村田は頸を傾げた。
「どうした?」
「いや…あんな鬼もいるんだなって、思って」
「鬼らしくない、か?」
「ああ…」
「…オレはさ、何をもって"鬼"と言うんだろうって、少し考えるようになったよ」
見送る蛍に背を向けて前を進む。
そうして鬼殺隊に入ってからも、ひたすらに前だけを見て進んできた。
だから知らなかったのかもしれない。
型にはない鬼もいることを。
「彩千代だけじゃない。あの竈門禰豆子だってそうだろ。ああいう鬼が少ないだけで、全部の鬼が人喰いだって訳じゃない」
「……」
再びちらりと野口の顔が振り返る。
遠めに立つ人影が、その視線に気付いてひらりと片手を振った。
思わず振り返したくなる衝動に駆られて、ぐっと拳を握る。
「その話、前なら馬鹿馬鹿しいって聞き流してただろうけど…今は、村田の言うことがわかる気がするよ」
彩千代蛍という、鬼殺隊に属する鬼のことは前々からよく耳にしていた。
異例だからこそ鬼殺隊でも話題だった。
故にどんな鬼なのかも知っていた。
それでも所詮鬼は鬼だと心の隅で巣食っていたものを、この数分の経験で払拭されたかのようだ。
理屈ではないのだ。
出会い、目を合わせ、言葉を交わして初めてわかる。
あれは──
「俺達が斬るべき鬼じゃない」
鬼の眼は夜の暗がりでもなんなく見通せる。
二人の隊士の背中が茂みに隠れ見えなくなるまで、蛍は黙って見送った。
やがてその姿が視界から消えると、ふぅと息をついて振り返る。
「もう出てきていいよ」
呼びかけたのは、鬱蒼と生い茂る木々の暗がり。
月の光も届かない真っ暗闇の中で、何かがゆるりと蠢いた。
現れたのは、地面擦れ擦れを泳ぐ土佐錦魚だ。