第28章 あたら夜《壱》
「って、私は鬼だから。"人って"なんて言ったけど、立場が違いますね」
「言い間違えました」などと言いながら、ふやりと蛍が苦笑する。
途端に変わる緩い空気。
砕けた蛍の表情を前に、村田はきゅっと唇を噛み締めた。
「いや…そうだな。彩千代の言う通りだ。オレはオレの意思で剣士になったんだ」
うんと頷いて、また頷く。
同じ立場で剣士と成りながら、義勇とは遠くかけ離れた実力差ができてしまった。
そんな自分を惨めで情けないと思っていたが、そうではなかった。
抗い立っているじゃないか。
つい先日まで、最下位の"癸(みずのと)"だったのだ。
壬に上がっただけ、前進はしているじゃないか。
比べることなどするな。
義勇は義勇、自分は自分だ。
想像すらできない立場にある蛍だって、抗って生きているのだから。
「目が覚めた感じがしたよ。ありがとな」
「いえ…私の方こそ、なんだか偉そうなこと言ってしまったかもしれません」
「なんでそうなるんだよ。胸張ってろって。良いこと言ったんだから」
「そ、そうですか?」
「そうだよ」
「…そうですか?」
「そうだよ! お前も気弱だなッ」
「ぁたっ」
ぱしん!と小気味良い音を立てて蛍の背中を叩く村田に、ぽかんと事を見守っていた野口が目を瞬く。
(鬼…だよな?)
ついそう蛍を凝視してしまう程に、なんと人間に近い思考を持つことか。
というか人間そのもののようではないか。
「よし! じゃあ任務続行だ。オレ達は北に沿って巡回して行くから」
「あ、はい。よろしくお願いします。私は空から見て回るので」
「わかった。そういや炎柱様は?」
「師範も村の外周りをしてますよ。よく駆け回ってますから、そのうちすれ違うかも」
「駆け回る…?」
「はい。下手したらずっと」
「夜の間ずっと?」
「ずっと」
「…まじか」
流石柱、としか言いようがない。
村田も思わず空いた口が塞がらなかった。
あの以前にも見た、炎の渦のようなものを巻き上げて駆けているのか。
それはそれで少しばかり恐ろしい。
出会いたくないかもしれない。