第28章 あたら夜《壱》
「知ってますか? 村田さん」
「え?」
「これは私個人の考えですけど。人って、こうなりたいな、ああなりたいな、て希望で努力するより、負けるものか、見返してやるって挑む方が、力を発揮する気がするんです」
「そ…う、なのか?」
「はい。私はそうでした」
「彩千代も?」
「誰とは言いませんが。最初は柱と目が合えばやれ斬首。この世の為に命を差し出せ、身を削れ。そんな言葉ばかり」
「……」
「私だって好きで鬼になった訳じゃないのに。嫌にもなります」
「だ、だけど…あの炎柱様なら」
「師範にも、最初は斬首の為に来たって言われました」
「そうなのかっ?」
「鬼殺隊は鬼の頸を狩る者。当然と言えば当然です。…でも笑っちゃいますよね。鬼ってだけで、問答無用で頸を斬られるんだなぁって」
深い溜息をつき、夜空を仰ぐ。
鬼に成ってからではない。
柚霧として生きている時もそうだった。
他人に搾取されるばかりの生き方故に、常に心の中では抗っていた。
負けるものか。
心までは屈するものかと。
今思えば、だからこそあの花街でも最低限は真っ当な感覚で生き続けられたのかもしれない。
「だから、世界に抗って生きてみようと思ったんです」
最初は人として死ぬことを望んで生きていた。
今は違う。
この体がこの世の理に沿って流れていないのなら、抗って抗って、己の道を己の足で進んでいこうと思った。
「鬼を知る人達が、"鬼はこうだ"と言うのなら。鬼である私自身が、"自分はこうだ"と決めて、世界に抗って生きていこうって」
月明りに照らされる、夜空を仰ぐ蛍の横顔。
村田のよく知る、牙を剥く鬼の姿ではない。
ぽつぽつと感情を吐露するように語る。
静かだが、底には強い意志が宿る声。
目が逸らせなかった。
「そんな私が、今こうして鬼殺隊の中で生きているんです。…だから村田さんも大丈夫」
世界を成す夜空から、緋色の瞳が村田へと移る。
「周りの強いた環境に負けないって気持ちがあるなら。きっと大丈夫です」
〝大丈夫〟
安易なはずの言葉なのにずしりと重みが胸にくる。
それは鬼殺の組織で生きる、鬼である彼女の言葉だからだろうか。