第28章 あたら夜《壱》
点だったものは点ではなかった。
次第に大きさを増していたのは、こちらへと近付いてきていたからだ。
「おおおお…!?」
「あれは…!」
明るい月の光を受けて、黒い影を落とす何か。
ゆらりと泳ぐように靡く鰭。
月光を受けてきらきらと反射する鱗。
まるで夜空を深海の如く泳ぐ、それは一匹の魚だった。
扇のような立派な鰭を持つ、金魚の類。
手のように広げた胸鰭に片膝を付いて乗っている人影まで、はっきりと見えた。
「彩千代…ッ!?」
村田の目には覚えがある。
影の中でも鮮やかな緋色の瞳を持つ鬼。彩千代蛍。
「?──あっ」
優雅に泳ぐ土佐錦魚の鰭から、視線を落とした蛍が見上げる村田を見つけた。
土佐錦魚へと一度目線を合わせれば、その意図を汲み取ったように泳ぐ高度が下がる。
「おおおおおこっちに来るぞ!? て、敵襲…!?」
「馬鹿落ち着け! あれは彩千代だ! 彩千代蛍!」
「って、お前が前に助けて貰ったって言う…!?」
「村田さんっ!」
「「!」」
泡てふためく野口を押さえながら、同じように声を荒立てる。
そんな二人の騒ぎは、すとんと土佐錦魚から舞い降りた蛍の登場によって止まった。
「やっぱり…! 村田さん、お久しぶりですっ」
「あ、ああ…久しぶり、」
ぱっと嬉しそうな笑顔で駆け寄る蛍に、仰け反り気味に村田の頬が熱くなる。
自分のことを憶えていてくれた。
同期である、とある柱との確執があるからこそ、そんな些細なことに胸も熱くなった。
「此処にいるってことは、村の警備をしているんですか? 村田さんはこの辺りが配属ではなかったと思ってました」
「ああ、まぁ。確かに違うけど、上弦の鬼が出る程の緊急任務だろ? 配属地なんて関係なく任命されたんだ。野口もその一人で」
「…野口さん?」
「は、初めまして」
「初めまして。彩千代蛍といいます」
緊張気味に声をかける野口に、蛍が深く一礼する。
まるで初めて蛍と出会った時の自分のようだと、村田は思わず苦笑した。
相手は鬼だ、緊張もするだろう。