第28章 あたら夜《壱》
『他の者達にも私から指示しておく。その鬼の娘を見つけ次第、無限城に連れて来るように』
「む…げん城に、ですか?」
蛍を捕えた後は、己の城であるこの屋敷に連れてくる気でいた。
誰にも見せないように、触らせないように、己と二人だけの世界に閉じ込めて。そしてたんと可愛がってあげるのだ。
そう思っていたのに。
呆気に取られるような、愕然とするような。そんな童顔の思考を読み取るように、無惨は尚も愉快そうに笑い続けた。
『そうだ。お前がそこまで言うのなら、どれ程使える者か私が見てやろう』
「それは…無惨様直々に、見定めて頂けるのであれば…ありがたいことです…」
本当にそう思っての言葉か。
二度目の感情への疑問が、こうも愉快だとは。
赤い紅が尚も弧を上へ上へと描く。
美女である容姿も相俟って、妖艶な笑みを浮かべる無惨は男の視線を釘付けにする程の魅惑があった。
『ならば要件はこれまでだ。引き続き彼岸花と産屋敷の捜索を怠るな』
「…御意」
くつくつと不穏な色気を纏う笑みを残して、無惨が血の海から姿を消す。
波紋が一つ。リンと広がれば、そこにはもう誰もいない。
呆然と血の海を覗き込む童磨自身の顔が、ぼんやりと輪郭を映し出していた。
「……はあ…」
無惨の痕跡が消えるだけで、部屋の気圧さえも変わったかのようだ。
張り詰めた糸を切るように、童磨は深い溜息をついた。
「参ったなあ…流石は無惨様。口を挟む隙をお与え下さらなかった」
こうだと決めた無惨の圧を前にすれば、おいそれと口は挟めない。
絶対君主である無惨の決断を否定することなど以ての外。
素直に頷くしかなかった頭を、指先でぽりぽりと掻く。
「…まあ。折角なら蛍ちゃんには、友である猗窩座殿達とも仲良くしてもらいたいし。悪くはないかな」
しかしそこは機能性の高い童磨のこと。すぐにスイッチを入れ替えるように思考を変えると、うんと笑顔で頷いた。
蛍を傍に置くことが童磨の本懐だが、彼女に執着する理由はもう一つ別にある。
「結果はどうであれ、あの鬼狩りから引き離せるなら」
頭に思い浮かべるだけで、どろりとした黒いものが胸内に巣食う。
炎のような身形と名を持つ、あの男だ。