第28章 あたら夜《壱》
『稀有な者を嗅ぎ分けるのであれば、猗窩座が使えるだろう。捕獲は他の者に』
「え…ッ」
無惨にとって気紛れな提案だった。
しかし途端に笑顔を消して目を見開く童磨は、歓迎できないものだったようだ。
「猗窩座殿は己の鍛錬で忙しい日々です。俺が捜しますので、必要ないかと」
『お前の探索能力は使えないと言っているだろう。同じことを何度も言わせるな戯けめ』
「も、申し訳ありません」
『黒死牟を動かすまでもないが…ならば、半天狗(はんてんぐ)か玉壺(ぎょっこ)にでも』
「いえいえ! 彼らにも彼らの事情がありましょう。俺の一存で動いてもらうのは申し訳ない!」
半天狗と玉壺もまた、上弦の鬼の者達である。
その名が出た途端に頸を横に振り強い否定を見せる童磨に、無惨の紅梅色(こうばいしょく)の瞳が細められた。
目の前の鬼の反応を、興味深く見るように。
上弦の鬼は誰しも個性ある性格を持っているが、童磨のそれはまた異質だった。
誰しもが持つ"感情"というものを欠落させているが、その感情を操る"機能"は高い。
常に上弦の鬼達ににこにこと友好的な笑顔を向けて、声をかけ、輪に入ろうとする。
任務に関しても誰彼構わず共に行動しようとするのだから、若干その機能性は周りから忌み嫌われていた。
童磨に拾われた妓夫太郎と堕姫がつれない態度を取ることもしばしば。猗窩座に至っては、顔を合わせるだけで嫌悪を露わにする嫌いっぷりだ。
それでもそんな周りの目など気にすることなく、友好的な笑顔で気さくに歩み寄る。
それが童磨という鬼だった。
その童磨が、"友"と呼ぶ彼らを遠ざけたのだ。
「俺だけで十分です。俺が彼女を見つけてみせます」
それだけ、その蛍という鬼に対する執着も特別なのだろう。
ふ、と無惨の口元に初めて柔い笑みが浮かんだ。
『…気が変わった。上弦の鬼全員で、その蛍という鬼を捕えることとしよう』
「ええ…!?」
明らかに変化の片鱗を見せている童磨。
普段なら変化は劣化と取るものだが童磨のこれは別だ。
何をしてもへらへらと緩い笑みを浮かべていた男が、初めて感情を揺るがす瞳を見せたのだから。
十分、無惨には気が変わる理由だった。