第28章 あたら夜《壱》
「無惨様にもお伝えしましたでしょう。名は蛍。まだ鬼と成って数年程の娘ですが、彼女が俺の心に"感情"というものを与えてくれたんです」
『……』
「いやあ、あれは衝撃だったなあ。それに随分と面白い血鬼術を扱うようでして」
『術など。そんなものを使いこなしたところで、陽光を克服できる訳でもないだろう』
「それはそうですが…それでも一時的ですが、俺の術を凌ぐ程の力を発揮していました。秘めたる力は持っているやもしれません」
『そんな小娘にお前ともあろう者がしてやられたのか? 情けない』
「ははっ冷たいことを言いなさる! 本気で抗えば負かすことはできたでしょう。俺も腐っても上弦です」
村人を襲おうと童磨が放った氷の波は、蛍の造り出した影の海によって阻まれた。
足場として童磨も利用した為に手を出すことはなかったが、あれ程の怪我と、記憶を取り戻したばかりという不安定さで、よくあそこまで立ち回れたものだと感心した。
『その女に興味はない。所詮は竈門禰豆子と同じだ。鬼狩りに組する鬼。ならば用はない、殺すだけだ』
「殺して…どうするのですか? 打ち捨てるだけでしょうか?」
『当然だろう。馬鹿げたことを訊くな』
情報を吐かせようとしても、鬼狩りと同じ信念を持つ者なら不可能だろう。
今まで生け捕りしてきた鬼狩り達も全て、情報を売るくらいならと潔く死を認めたのだから。
たかが人間の癖に、高潔さなど持つとは図々しい。
そんな鬼狩りだけでも目障りだと言うのに。
この数百年、幾度となく全滅させようと刺客を放ったというのに、未だに鬼殺隊は存在し続けている。
それもこれも本部である産屋敷邸を探し出せていないからだ。
童磨達上弦の鬼に捜索として命じているものは、その二つ。
青い彼岸花と、鬼殺隊の総括である産屋敷邸の発見である。
「打ち捨てるだけであれば、俺にくださいませんか」
「何を愚問を」と、更なる怒りのさざ波を立てる無惨に臆することなく、童磨は己の胸に片手を当てると真剣な表情で頼み込んだ。