第28章 あたら夜《壱》
ようやく生命に溢れた体。それも人間さえ喰らい続ければ無限の時を生きられる肉体を手に入れたというのに。
何故人間をも凌駕した自分が、昼間の行動を制限されなければならないのか。
傲慢な無惨にとっては屈辱以外の何ものでもなく、常に完璧であることを欲した。
千年以上もの時をかけて鬼を増やし続けているのは、青い彼岸花を見つけ出す為の手段を増やすこと。
そして、その鬼の中から太陽を克服できるものを見つけ出す為である。
『命じたものを何百年も遂行できずして、何故新たな命が貰えると思うのだ。手前勝手な思考を曝すな』
「は…っ返す言葉もありません」
無惨の性格を知る真っ当な者ならば「どの口が」と言えただろう。
しかし全ての鬼の頂点である無惨に、そもそも逆らおうという気もない。
そのお陰で、深々と頭を下げる童磨は無惨の横暴な処刑を受けずに済んだ。
「ああ、ですが無惨様。もう一つの命ならば手掛かりが」
ぱっと思い付いたように声を上げる。
無惨がわざわざ血を媒介にした"写し"で現れたのは、それが理由なのだろうと童磨は確信した。
「鬼狩りの柱を二人見つけました。相手をしたのは俺の体の一部であった為に、仕留めるまでには至りませんでしたが…」
鬼狩りの中でも頂点の位置に立つ〝柱〟。
そしてその柱と共に生きている鬼がいる。
童磨が駒澤村で体験したことを、無惨にそのまま報告したのだ。
一方的に念を送るようなものだったが、いつもなら無視の一手を取る無惨がわざわざ顔を見せにきた。
有益な情報と感じたからだろう。
『何故仕留めることができない。上弦ともあろうお前が、たかが人間の一人や二人』
しかし無惨の声は底冷えするものたった。
風もないのに赤い血の海が揺らぐ。
静かなさざ波を立てる様は、まるで無惨の怒りを表しているかのようだ。
「いやはや情けない次第であります」
大半の鬼は、こんな時己の未熟さを詰るか、浅い言い訳をしてくる。
そのどちらであっても無惨の短い堪忍袋は簡単に裂けてしまうだろう。
「余りにも心に留めた鬼の娘(こ)がいました故」
しかし童磨はよくも悪くも、そのどちらでもない選択肢を貫いてくる。
爛々と虹色の瞳を鮮やかに輝かせて笑う童磨に、無惨はぴたりと口を止めた。