第28章 あたら夜《壱》
体の部位を傷付け潰したところで、童磨は畏怖することも恐怖することもない。
ただ自分の体に触れてもらえたことに歓喜するだけだ。
感情という大きな軸を欠落させている童磨には、無惨へひたすらに向けた忠誠心しかなかった。
そこには己の確固たる意志や、何かに対する強い執着も渇望もない。
それらを失くした鬼には進化はない。そう捉えていた無惨だからこそ、童磨に何も期待していなかった。
故の〝無〟だ。
ただ己の実力のみで上弦の弐まで上り詰めたのは、それだけの才があったということだろう。
その一点のみなら無惨も童磨を認めていた。
『お前に任せる命などない。それ以前に、その青い彼岸花の捜索はどうした』
「ううむ…申し訳ありません。その件に関しては何も…」
〝青い彼岸花〟
幻だと言われている花だが、実は稀有な存在故に人の目に晒されることなく実在はしていた。
"鬼舞辻無惨"という鬼こそがその証拠。
無惨を鬼に変えたのは、平安時代の善良な医者である。
病弱で二十歳になる前に死ぬであろうと世間に告げられていた無惨を、少しでも生き永らえさせようと苦心した。
その医者の治療により生み出されたのが、無惨の衰えない・朽ちない鬼の体。
しかし強い癇癪持ちの無惨は、一向に病状がよくらならないことに腹を立て、結果が出る前に医者を殺したのだ。
結果、残されたのは老いのない体でありながら、常に人を喰らう欲を持ち、また一瞬でさえ陽光を受け付けない陽に弱い肌。
そして医者の作ったであろう、半端な情報だけが残る薬の調合。
"青い彼岸花"という名の薬は、実際にその青い彼岸花を使用するらしい。
試作段階である為に、医者の残した書物からどんなに読み解いてもそれしかわからなかった。
青い彼岸花さえ手に入れれば、薬を完璧なものにすれば、陽光をも克服する完全なる肉体を手に入れることができるだろう。
しかしその肝心の彼岸花の在り処・見つけ方が不明なのだ。
千年以上経つ今も、情報の欠片でさえ見つけ出せていない。