第28章 あたら夜《壱》
深々と血の鏡に映る無惨に頭を下げて、童磨はうっとりと陶酔の眼差しを向けた。
「しかしそのお姿は久方ぶりに拝見致しました…いやはや、いつ見てもお美しい」
女の生命溢れる身体を褒めた時とは天と地の差。
溢れ出る感情を抑えられないままに告白のように告げる童磨に、血の海に映る無惨はぴくりとも表情を変えなかった。
そこに映るは、無惨の名の通りの男の姿でなかった。
緩やかに巻かれた長い黒髪を後ろで一つに束ね、真珠のような装飾でまとめている。
切れ長の瞳には長い睫毛が幾重も重なり、小さな唇には真っ赤な紅が映える。
黒地に花輪模様が映える、芸妓のような艶姿。
童磨の言葉通り、それは美しい女性の姿をしていた。
「そのお姿ということは、何か有益な情報を得たのですか?」
変化というよりも生まれ変わりに近い。無惨はどの鬼よりも緻密に身形を擬態させることができる。
本来の姿は成人男性のものだが、それに近い人間を模した姿は名を月彦(つきひこ)。
何も知らない人間の女性と娘の家族として暮らしている。
女性の夫として、娘の父として成り得ているのは、前夫を人知れず殺害したからである。
無惨が擬態を取るのは、役割分担の意味があった。
良家の家庭に育つ幼い子供の姿は、太陽を克服する薬を作る為の確保。
その家で実験を繰り返し、忌々しい陽光に抗う術を造り出そうとしている。
今現在の芸妓の女性のような姿は、青い彼岸花の情報収集。又は人間を使った日中の捜索指示。
そして何より本来の姿に近い月彦である時は、芸妓では無理な場所での情報収集及び資金確保であった。
「それとも青い彼岸花の捜索…はっ! もしやこの俺に任務を…!?」
わくわくと期待に満ちた目で童磨が心躍らせるのは、普段からあまり無惨に指示を貰えていない為だ。
傲慢で己を世の理と考えている無惨は、その非道さを同胞である鬼に向けることもよくあったが、童磨に対しては無に近い。
確かな実力がある為に自由にさせているところもあるが、大半は童磨に煩わしさを感じていたからだ。