第28章 あたら夜《壱》
この広い屋敷に住まう者は、童磨以外は全て人間だ。
それも童磨を教祖と崇める信者達。
いくら盲目だと言っても、先程の女のように危機的思考に流れれば歯向かうこともあるかもしれない。
(そうなれば殺すだけだけど…女は餌になるけど、男はなあ。処分が面倒だ)
喰らえば楽だが、童磨の偏食ぶりは徹底していた。
男は爪の甘皮だって喰らわない。
そんな粗末な者を喰らったところで、大した力にもならないのだから。
目の前の事切れた女は、童磨好みの身体をしていた。
本人の精神とは別に、生命に満ちた身体。
目の前にしているだけで涎が舌の上を泳いだ。
(一先ずこの娘を喰べよう。それからだ)
うん。と頷き、問題は後回しにすることにした。
少々意地汚いが、畳に染みる血一滴残さず飲み干せばいいだけのこと。
そうと決まれば善は急げ。
女の心臓からも溢れ出た血は、既に小さな湧き水程の大きさに広がっている。
ぽんと手を打つ童磨の顔は飄々としたもので、血にも死体にも感情を揺する気配はない。
まずは脳味噌からと、早速半壊した女の顔に手を伸ばした。
『──呑気なものだな』
底冷えするような声は目の前からした。
「ッ!」
女へと伸ばしていた童磨の手が止まる。
あんなにも表情を変えなかった男が、顔の筋肉を強張らせた。
『私を前にして悠々食事とは。偉くなったものだ、童磨』
それも束の間。
太い牙の生え揃った口元を緩ませると、先程の女同様。高揚した顔でその名を呼んだ。
「これはこれは…無惨様!」
歓喜に輝く童磨の瞳は、一心に目の前の血の海を見つめていた。
深紅に広がる、赤い水面。
そこに浮かび上がっていたのは、一つの人影。
否、人の形を模した鬼の姿だ。
「貴方様からご尊顔をお見せして下さるとは…!」
鬼舞辻 無惨。
全ての鬼の始祖であり、それらを統べるもの。