第28章 あたら夜《壱》
「おいで」
仄かな行灯だけで照らされた部屋には、甘い香りが漂う。
花蜜を垂らしたような甘ったるさだ。
その匂いに誘われるかのように、女はおずおずと中腰で身を進めた。
救いの表情は、仄かに高揚しているようにも見える。
「あの…教祖、様」
「うん。こっちの方がよく顔が見える。嗚呼、美しい顔をしているじゃあないか。そんな君が心苦しく生きることはない」
台座へと上がることを躊躇すれば「さあ」と手を握られた。
天井から暖簾のような薄い幕が幾重も下がる、台座の中心。其処へ導かれるようにして女は歩み寄った。
中心にある座椅子のようなクッションに胡坐を掻いて座っていたのは、美しい瞳をした男だった。
仄かな灯りの部屋で、きらきらと反射するように虹色の瞳が瞬き輝く。
はぁ、と女の口から感嘆の息が零れた。
「どうしたのかな?」
「ぃぇ…教祖様のお顔が、あまりにお美しいもので…」
「そうかい? 君も十分に美しいよ」
「そ…そうで、しょうか…」
可憐な手を両手でそっと包み込むようにして、にっこりと笑う。
童磨のその言葉に恥じらいつつも、女は俯き目を逸らした。
顔に乗るそばかすは目立ち、小さな鼻は団子のよう。瞼に石を乗せたような弛みを見せる目元に、腫れぼったい唇。
決して自分は美が似合う顔立ちなどではない。
嫌になる程にそう理解していたからだ。
「私は、教祖様とは比べ物にならない者です…」
「何を言うんだい」
しょんぼりと落ちる女に対し、心外だと言わんばかりに童磨は目を見張った。
「健康的な肌に、艶の良い髪。力強く脈打つ鼓動。こんなにも生命に満ち満ちた素晴らしい身体をしているというのに」
「ぇ…あ、あの…教祖さま…っ」
握り締めた手を引き、ずいと顔を寄せる。
爛々と光る童磨の瞳に釘付けになりながら、女は顔を赤面させた。
「さあ、もっとよく見せておくれ」
「お、お戯れを…っ」
「戯れなものか。俺はもっと君のことが知りたい。どんな瞳で俺を映して、どんな声で感じて、」
「…っ」
その顔が尚も真っ赤に染まる。
血色の良い頬をするりと長い指先で撫でて、童磨は嗤った。
「どんな顔で死ぬのか」