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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第28章 あたら夜《壱》



 死ぬ。

 余りにも場にそぐわない単語に、女は一瞬呆けた。


「教祖…さま…? 何を言って…」

「ん? そのままの意味だよ。君は死ぬ。今日、この時に」

「え…? よく意味が…教祖様っ?」


 焦燥。困惑。
 引き攣った笑みを浮かべて、握られた手を引く。
 しかしがちりと掴まれた手は引けども引けども動かない。

 しっかりと両手で握り締めたまま、童磨は当然の如く笑った。


「大丈夫、痛くはしないさ。君が望む通り、優しい世界に連れていってあげよう」

「っ何を…ぃ…いや…!」

「おいおい。なんでそんなに嫌がるんだい?」


 引き攣った笑みが消える。
 途端に青褪め逃げ出そうとする女に、童磨の方が困惑した。

 何故嫌がるのか。逃げ出そうとするのか。
 優しい世界に逝きたい。惨めな自分を惨めな目でしか見てこない世界など要らない。
 死んでしまいたいと先程まで涙ながらに伝えていたのは、彼女だというのに。


「可笑しな娘だなあ」

「嫌ッ! 誰か…ッ助ゲッ!」


 喚く声が一層高く上がる。
 前に、童磨の手が空気を裂いた。

 喉を潰したような濁った悲鳴が切れる。


「ああ、駄目じゃないか。そんな大声を出したら皆吃驚するから……ん?」


 ぼたた、と畳に落ちる真っ赤な鮮血。


「わあ、畳が汚れてしまったっ大変だ」


 空気を裂いた鋭い童磨の指先が、女の心臓を深々と貫いていた。
 心臓を貫く前に削った下顎が丸ごと抉り取られ、大量の血がバケツを引っ繰り返したかのように降り落ちる。

 涙を称えた女の引き攣った顔が固まる。
 ぐりんと瞳は真上を仰ぎ、そのまま糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
 生命に満ち溢れていたそれは最早、ただの肉片と化している。


「参ったなぁ。前にもこんなことがあったから、気を付けていたのに……血だけ凍らせればどうにかなるかな?」


 部屋の中に充満する甘い匂いを上書きする、濃度の強い血の臭い。
 女の顔から吹き出た血は、夥しい量で童磨の目の前の畳をじわじわと赤く染めていく。

 これではいけない。

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