第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし✓
「痛みは、ないのか…?」
「ん、」
痛みはない代わりに、影鬼で覆った掌に陽光の暖かさも伝わってはこない。
それでも視界いっぱいに広がる光の粒の世界に、蛍は下唇を噛み締めた。
「…私、忘れない」
「…蛍?」
「今視えているもの、ぜんぶ」
鬼であるからこそ。
視界の細部にまで広がるこの景色を、憶えておこう。
この先ずっと、何年経とうとも。
「今触れているもの、ぜんぶ」
影鬼を伝い微かに感じる、愛おしいひとの肌の感触も。
耳を澄ませば届き聴こえる、息衝く愛おしい鼓動の音(ね)も。
彼を形作るもの全て。
この光の粒と共にずっとずっと憶えていくのだ。
「…ああ」
造り上げられては消されていく。
刹那の中でしか存在できない鬼の手を、一回り大きな手が上から優しく包み込んだ。
陽光から守るように。
「俺も忘れない。蛍と共に初めて感じた朝日だ」
愛おしそうに告げる杏寿郎に、振り返ればそうだったと気付く。
幾度となく太陽の下を共に歩いたことはあるが、朝日を共に迎えたことはなかった。
いつも締め切った薄暗い部屋で、一日の挨拶を共に告げていたのだから。
「異型で、歪で、健気で。愛おしい、そんな朝だ」
緩やかに握る鬼の手から伝わる、生と死。
生きとし生けるものに宿る命そのものを感じながら、杏寿郎は漆黒の掌に恭しく口付けた。
だからこそ美しいのだと。
「忘れられようがない」
「…うん」
いつかは。
そんな曖昧な夢を口にしそうになって、蛍は呑み込み頷いた。
いつかは、こんな布団に包まれた状態ではなく。陽に暖かく迎え入れられている杏寿郎の傍に寄り添って、同じ朝日を迎えてみたい。
いつか、は。
「蛍火とはまた違うが…いつか、共に朝日を見に行かないか?」
「え?」
どきりと心音が一つ跳ねる。
まるで心の中を見透かされた気がした。