第28章 あたら夜《壱》
「禰豆子さんがずっと自我を取り戻さない理由は、もしかしたらこの血の変化にあるのかもしれません」
「では炭治郎にまた禰豆子の血を分けてもらいましょうか」
「それは…頂けるのであれば…」
「では俺から手紙を送っておきます。それより珠世様、そろそろ一度休憩されませんか。とびきり美味しい紅茶を淹れて参りますので」
さくさくと進む愈史郎の言動は既に珠世の麗しいティータイムに向いている。
今日はどんな紅茶をお淹れしようか。
珠世様のお好みはセイロンティーだが、最近入手したアッサムもお気に召しているご様子。
ここは敢えてのキーモンでもお出しすると、柔い女神の微笑みを見せてくれるだろうか。
ああ悩ましい。
「ニャウ」
悩ましいが幸せでならない。
そんな愈史郎の幸福の時間を止めたのは、器用にドアを前足で押し開けするりと中に入って来た三毛猫だった。
「まあ茶々丸。そのお手紙は」
くぐもる鳴き声は、口に白い紙束を咥えていた為。
その手紙を見た途端に、珠世の仄暗い瞳が歓喜に満ちる。
自然と声のトーンも上がる様に、ぴくりと愈史郎の口角が震えた。
「やっぱり。蛍さんからね」
一直線に足を運んだ三毛猫の茶々丸(ちゃちゃまる)から受け取った手紙を、大切そうに開く。
珠世のその様に、ぴきりと愈史郎の額に青筋が浮かんだ。
禰豆子ならまだいい。
特異な鬼故に、元医者であり鬼の研究を続けている彼女が興味を示すのは自然なことだ。
しかし見たこともない文でしか知らない彩千代蛍という、鬼殺隊に組するあの女はどうだ。
人間と共に生きているらしいが、同じ人間を喰らったこともある何処にでもいる鬼。
特異なところと言えば、鬼狩りの柱と恋仲にあり、偶に読めない動きをする血鬼術を持つことくらいか。
それしきのことで珠世様の関心を向けられるとは。
鬼を人間に戻したい。最初は同じその目的の為に情報交換をしていたが、今ではどうだ。
やれどの紅茶が美味しいだとか、どのワインが口に合うだとか。最近観た観劇や知った祭り、果てには恋仲である柱との出来事まで。
他愛ない雑談が混じり今では、炭治郎以上の文通相手となっている。
珠世様はお前が軽々しく世間話を持ち掛けていい御方ではないと言うのに腹立たしい。