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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第28章 あたら夜《壱》



 ──ぽたり、


 透明な薄い硝子板に落ちる、真っ赤な液体。
 上から更に板を重ねて真空に閉じ込める。
 あるべき台座へとそれをはめ込み、上から筒状のレンズを覗き見る。

 真っ赤な液体──血液の中に存在するものをつぶさに拾うように、観察し続ける瞳は仄暗い菖蒲色(しょうぶいろ)。
 哀愁を乗せたような大きな瞳は瞬くことすらなく、血液を見つめ続けた。


「……また変わった…」


 ぽつりと不意に落ちたのは静かな驚嘆。
 ようやく顕微鏡から顔を離すと、ほぅと唇から溜息とも取れない吐息を零した。


「どうされました珠世様?(憂いある吐息が美しい)」

「愈史郎」


 顕微鏡の他にも様々な研究機器が並ぶ部屋で、女とは別の声が上がる。
 振り返り、呼ばれた女──珠世は、眉尻を僅かに下げながら青年を見つめた。

 血液の観察を続けていた女の名は、珠世。
 ワンレングスの黒髪を一つにまとめたその容姿は十九程ではあるが、一つ一つの所作が落ち着いており大人びた雰囲気を持つ。

 それもそのはず。
 珠世は数百年も前に無惨に鬼にされた者である。


「禰豆子さんの血の成分がまた変わりました」

「また、ですか?」


 その瞳が見つめる先にいる、灰みのある青から黒へと移り変わりゆく髪を持つ青年──愈史郎。
 暗い水底のように何も映し出さない珠世の瞳とは違い、縦に割れた瞳孔がはっきりと見て取れる。
 珠世が数百年の中でただ一人、自らの手で人から鬼へと変えた青年だ。


「そうですか…禰豆子が」


 禰豆子の名前を聞いた途端に、興味を失ったように落胆する。
 顕著なまでに珠世への関心と異なる態度は、一途に彼女を心から愛するが故である。

 しかしこれは鬼にとって大きな出来事なのだ。
 人を喰らわず、自我も取り戻さず。それでも血鬼術を操り、単身で飢餓を抑え続けている。
 特異中の特異である鬼、禰豆子なれば。

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