第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし
(もしや、節分の時やあの影魚はこうして──)
日中に活動していたのか。
節分時に暴走した蛍の影は、夕日の中でも存在し続けていた。
与助に反応し生まれ出た影の土佐錦魚もまた、日中でありながら与助を喰らわんと攻撃してきた。
そのどれもが、この驚異的な再生能力で陽光の下に存在していたのか。
そう考えれば辻褄は合う。
「蛍、これは…」
「わからない。ただ、今ならできる気がしたの」
問い掛ければ、蛍本人は何も把握できていないという。
蛍の血鬼術は感情型だ。
論理的に操っているものではないことは、長く蛍を見てきた杏寿郎もわかっていた。
「今なら…触れられる、気がした」
霧のような崩壊の残骸を纏う黒い掌が、そっと杏寿郎の頬を包むように触れる。
「陽の中の杏寿郎を」
布団に包まっている蛍は、陰の中。
そこから見上げる杏寿郎は、陽の中にいる。
鬼と人。
互いが住む世界はどう足掻いても交わらないものだ。
それでも徹底的に防具服で身を包み、陽の下で杏寿郎に触れたことは幾度とあった。
しかしこうして身一つで触れられたのは初めてのこと。
テンジが死にゆく間際。おひさまと告げて嬉しそうに笑った顔を、蛍はふと思い出した。
自分よりも何年、何十年、下手すれば何百年。永く生き続けていたテンジにとって太陽の光は、恐れるものではなかったのだ。
その気持ちが今は手に取るようにわかる。
「…きれい」
優しい朝日に照らされて、きらきらと杏寿郎の豊かな髪が反射して光る。
一本一本、金の糸が波打つ海原のように。
陽光を肌に受けて凹凸をはっきりと見せる鼻や唇。睫毛の形、そこに伏せ落ちる影。
時折陽光に掠めて光る金輪の双眸は、いつもより尚鮮やかに。煉獄家独特の赤みを帯びた瞳の中心が、万華鏡のように左右対称にまあるく映る。
肌に浮かぶ汗粒も、陽の中では宝石のように輝いて見えた。
何もかもが、きらめき視界に落ちてくる。
鮮やかな光の粒たち。
「凄く、きれい」
そんな単調な言葉しか出てこない。
だからこそ噛み締めるように蛍は繰り返した。