第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし
「……杏寿郎」
「なんだ?」
「術…使っても、いい?」
「…影鬼のことか?」
「ん」
不意にじっと見上げてくる蛍が、思いもかけない提案をする。
杏寿郎が命じた為に、頑なにその約束を守り影鬼は一切使わなかった。
その蛍が、影鬼を使用したいという。
一体何故、この場で。
杏寿郎自身も純粋に興味が湧いて、返事一つで頷いて見せた。
蛍が他の悪鬼のように、血鬼術を人間に対して悪用しないことは十分過ぎる程に知っている。
「じゃあ…動かない、でね」
「?…ああ」
ふぅー、と細い息を伸ばしていく。
快楽に溺れたばかりの体では精錬された呼吸は繋げなかったが、蛍の中で漠然とした確信はあった。
精を溢れる程に受け、生気に満ち満ちている今の体ならきっと可能だと。
音もなく、火傷を完治させた腕を黒い影が纏っていく。
忽ちに腕一本を覆う影は、絹のように皺も波もない漆黒の肌のようだ。
「!? ほ…っ」
「しー」
その手を徐に、蛍は杏寿郎へと伸ばした。
首筋に触れた手に触れるような、布団で包み影を作った中での行為ではない。
朝日を受ける杏寿郎の顔に向けて、蛍は腕を伸ばしたのだ。
窓硝子越しに伝わる光が蛍の腕を照らす。
皺も波も何一つなかった黒い腕が、振動するように震えた。
じゅわ、と何にも形容し難い音を立て、手首や肘の辺りから黒い霧のようなものが上がる。
陽光に照らされ、血鬼術である影鬼がダメージを喰らっているのだ。
本来なら消滅しても可笑しくないところを、ぶるぶると震えるだけで留めている。
(──いや。違う、これは)
睫毛の一本一本まで間近に捉えることができるこの距離だからこそ気付けた。
伸ばしてくる黒い腕に一心に目を向けていた杏寿郎が、その変化に気付く。
蛍の腕を覆った影鬼は、幾度となく既に消滅していた。
鬼の最大の弱点である陽光を前に、成すすべもなく消されていく。
しかし蛍の肌が曝け出される前に、それは新たな黒い壁を作り上げていた。
瞬きすら追い付かない驚異的な再生力で、陽に当たる蛍の腕は守られていたのだ。