第7章 柱《参》✔
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「…うん。うん。そうか。それは困ったことになったね」
ほんのりと薄暗さの宿る一室。
広い畳部屋に置かれているのは、行灯の傍にある座椅子一つ。
其処に腰掛けている男は一人、窓際に向かって話し掛けていた。
綺麗に切り揃えられた絹のような黒い長髪に、物腰柔らかな装い。
口元に添えた笑みは消すことなく、静かにその男は存在していた。
「その場は義勇の手により治まりましたが、隊の中で不安の声は瞬く間に広がるでしょう」
男の相手をしているのは一羽の鴉だった。
窓際に停まっている様は、頸に巻かれた襟巻を除けば見た目は極普通の鴉である。
しかしその真っ黒な嘴から溢れるのは流暢な人語。
礼儀作法を身に付けた貴族のような振舞いで、的確に状況を報告する。
報告内容は現在鬼殺隊が抱えている、彩千代蛍という鬼のことだった。
秘密裏に監視と保護を行っていたが、一つの些細な綻びによりその存在は平隊士達にも知れ渡ってしまった。
「口止めをして抑え込む方が、人の負の連鎖は広がるというもの」
「それでは如何致しましょう」
「そうだね。無一郎の蛍への意識の低下も一度声を掛けておきたいところだけど…その前に、ひとつ」
ふむ、と口元に当てていた指先をゆっくりと下ろすと、男は光のない両目を確かに鴉へと向けた。
「良い機会だ。一度、蛍と話をしてみたいと思っていたんだ」
「ご当主様ご自身が、ということでしょうか」
「そうだよ」
「それならば柱合会議の時にでも──」
「それでは意味がないよ。"私"が、"蛍"と、話をしたいんだ」
「…畏まりました」
やんわりと否定された意見に物申すことなく、鴉は静かに頭を下げる。
「それでは、まずはあまね様にご伝達した後、その場の手配を致しましょう」
「助かるよ」
鴉の両羽根が開く。
今一度頭を下げると、ふわりと音もなく漆黒の体は宙へと浮き上がった。
遠のく使いの気配に、窓の外を見つめていた男は静かにその目を伏せた。
そしてふと、何かを思い起こすように。
「さて…彼女は憶えてくれているかな」
感情の読めない微笑みを、ひとつ称えた。