第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし✓
「ぁっ」
目が合ったのは、先に蕎麦屋で食事をしていたあの男だ。
思わず蛍が小さな声を上げれば、届いていないはずなのににこりと笑顔を返された。
か、と顔が熱くなる。
浴衣は身に付けているが、そもそもそれも薄い寝間着のようなもの。
親しい間柄の者にしか、普段は見せないものだ。
更にはただ袖を通して羽織っているだけの浴衣では、胸元もはだけさせてしまう。
杏寿郎に抱かれている為に見えはしないだろうが、余韻に浸る顔も然り。余りにも無防備な姿は見られてしまった。
ぼひゅん。と音が立ちそうな程に顔を真っ赤に変えると、咄嗟に座っていた杏寿郎の膝上から飛び降りる。
「き、杏寿郎…っ?」
が、そうもいかず。
「どうした、急に」
「いやっちょ…下ろして…っ」
「何故逃げる?」
「逃げてないっ逃げてないから…ッ」
じたばたと藻掻く蛍の体は、抱いた杏寿郎が逃がしはしなかった。
声を荒げられないのは、見上げる男に聞こえてしまうかもしれないからだ。
せめてもの抵抗にと、真っ赤な顔を部屋へと頸を大きく捻り曲げて隠す。
「あそこ」だとか「あっち」だとか。ぽそぽそと聞き取り難い小声で主張する蛍に、ああと杏寿郎の視線もそこへ向いた。
(成程)
視線の先には、ひらひらと片手を振ってくる男の姿。
杏寿郎のことを軽々しく「若旦那」と呼び、何かと絡んでくる優男だ。
害がなければ特に思うこともなかったが、蛍がここまで恥ずかしがっているのならば流す訳にもいかない。
ふむ。と考えながら腕の中を見やる。
逃げることは諦めたのか、それでも最大限に体を縮ませてそっぽを向いている蛍の耳は果物のように真っ赤だ。
そんな姿も愛らしいと顔が綻んでしまうのは、もう仕方がない。
それでも緩む口元を引き締めると、湯気を出す頭部に手を添え己の胸へと押し付けた。
「んプっ?」
「顔はここに隠しているといい」
「れも…っ」
「静かに」
細い頸から項にかけて、くしゃりと絹のような髪を掻き上げ頭部を抱く。
見上げる男の視線から隠すように、蛍を抱いたまま背を外に向けた。