第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし✓
広い杏寿郎の背中を駆使すれば、縮まり込んでいる蛍の体はすっぽりと収まり隠れてしまう。
髪の毛一本すら見えないように隠したまま、横を向くと感情の見えない視線を男へと寄越した。
小さな灯りが一つだけの薄暗い部屋より、祭りの準備をしている外の方が明るい。
軒下の陰が二人を覆い、見下ろす杏寿郎の姿は陽の下で見るよりも目立たない。
なのに何故か。
射貫くような双眸は、闇夜に光る炎のようだ。
鋭いながらも色を持ち、ゆらりと揺らめく視線が男の後方へと流れる。
去れとでも言っているのだろうか。
それとも。
「……」
沈黙が流れる。
先に動いたのは、目を丸くした優男の方だった。
何かを言いたげに口を開くも、肩を竦めて頸を振る。
両手を合わせて謝罪のような姿勢を取ると、ひらりと手を振りやがては背を向けた。
最後に見せたのは、毒気を抜かれたような苦笑いだ。
「…もう大丈夫だ」
「え?」
「彼は消えた」
「ほんと?」
「うむ」
念の為にと、蛍を抱いたまま畳の上に移動すると窓を閉める。
安心させるように背を擦りながら胡坐を掻いて座れば、顔を上げた蛍と目が合った。
「いや遅くないっ?」
「む?」
予想していた表情とは大分違う。
杏寿郎の肩を掴み、詰め寄った。
「す、すぐ隠れればよかったのに…!」
「ああ、いや。今更かと」
「今更って…」
はっと蛍の目の色が変わる。
此処は見知らぬ蕎麦屋の二階。
先程まで、あの男は下の階にいたはずだ。
「こ…声…聞かれた、かも…っ」
かかか、と再び蛍の顔が真っ赤に染まる。
此処は女を抱くことを前提とした、遊郭のような建造物ではないのだ。
一階は一般的な食事処。
あんなにもあられのない嬌声を上げてしまったが、下に筒抜けではなかっただろうか。
「ふーむ…そうだな」
「そうだな!?」
己の顎に片手を当てて告げる杏寿郎は、何処吹く風。
何故そうも飄々としていられるのか。
蛍を抱く前提で二階へ来た訳ではないというのに。
思わず大きな声が上がり、それすらも聞こえるのではと慌てて口元を覆う。
忙しない蛍の姿に、杏寿郎の目尻が緩む。