第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし✓
「杏寿郎」
「ん?」
顔を上げれば、間近に重なる瞳。
柔く、優しく、緩むそのあたたかな灯火のような瞳が、愛おしい。
「杏寿郎と二人で…蛍火が見たい、な」
愛おしさは口をつくと、恥ずかしげもなくその言葉を紡ぎ出した。
きょとん、と幼さを残す双眸が丸くなる。
それも束の間。
「俺は君のその鮮やかな瞳に映る、蛍火が見たい」
ふわりと微笑みを添えると、愛おしげに紡ぎ返す。
一見して唐突な会話のやり取りは、二人だけが知っているもの。
言葉遊びのような、二人だけの秘密の言の葉。
〝──あなたを愛しています──〟
視線が交じり、愛を称え、ぷすりと二人同時に頬が膨らむ。
くすくすと密かに笑い合いながら、幸福を形にした吐息を漏らした。
「…蛍。本当に見に行かないか?」
「え?」
「蛍火を」
一頻り笑い交えた後、不意に杏寿郎が優しく誘う。
「蛍火って…蛍?」
「うむ」
「でも蛍って、夏場に飛ぶ虫だよね? この季節じゃ…」
「ああ。だから来年の夏、共に見に行かないか」
一般的に蛍が命の光を灯して飛ぶのは、主に五月から七月頃。
すっかり秋めいた今の季節では、とんと拝むことはできない。
しかし蛍の胸には別の意味で重みを残す。
来年という現実的な未来の約束は、先を共に歩もうと決めた証だ。
自然と緩む口角に表情を綻ばせて、蛍は深く頷いた。
「うん。見たい」
「では決まりだ」
「約束ね」
小指を立てて拳を握る。
その手を差し出す蛍に、真似るように杏寿郎も立てた小指を絡めた。
ゆびきりげんまん。
約束事をする際に誓い合う風習のようなもの。
杏寿郎にとってはそうだったが、蛍は違った。
絡めた互いの小指を見て、何を思うのかはにかむ。
「どうした?」
「ううん」
ゆびきりげんまん。
由来は幾つもあれど、その中の一つには遊女の世界があった。
言葉通り「指切」とは、遊女が客に愛情の不変を誓う証として、小指を切断していたこと。
勿論昔のことで月房屋にもそんな風習は残されていなかったが、遊女達の間で語り継がれてきたものだ。