• テキストサイズ

いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし✓



 本当は握り締めたかったものがあるはずだ。
 手を伸ばし、求めたかったものがあったはずだ。

 自分を見て。
 名前を呼んで。
 抱きしめて。

 幼い子供の親を求める声は、テンジの世界で溢れる程に聞いた。

 杏寿郎にもあったはずだ。
 十歳ながらに切り捨てた幼心に、少年らしい拙い叫びが。


(それを私に、見せてくれている、なら)


 十年前には諦めたものを、捨て去ったものを、今此処で求めてくれているのなら。
 実の父にも弟にも、向けられなかった拙い我儘を見せてくれているのなら。


「…わかった」


 応えたいと思った。


「追いかけるよ。杏寿郎のこと」


 そこに迷いや否定は微塵もない。


「追いかけて、捕まえて、私を見てって叫ぶよ」


 小さなその手を握り締めて。
 幼い身体を抱きしめて。
 叫びたいだけたくさんの我儘を聞いてあげるのだ。


「人の為に在る柱としての煉獄杏寿郎以外は、ぜんぶ私のものだもん」


 背中に腕を回して、ぎゅっと抱き付く。
 いつもより力を込めて、離すまいとするように。


「逃がしてあげない」


 言葉と体で縛る、甘い拘束。
 自分より小さな体でありながら、包み込んでくるような抱擁。

 それらを見下ろす杏寿郎の双眸が、尚も輝く。
 苦い笑みだったものが、深く口元に弧を描き満面のものへと変わった。


「うむ!」


 心底嬉しそうに声を弾ませる姿は、まるで幼い子供のようだ。


「俺のすべては蛍のものだ! 好きなだけ縛ってくれっ」


 覆い被さるように、強く抱きしめ返される。
 筋肉隆々な腕や胸板に挟まれて窮屈そうにしながらも、そんな束縛のような甘えには蛍の頬も緩んだ。


(可愛い、なぁ)


 大人の体をした、子供のようで。
 ふくりと緩んだ頬から笑いを零すと、目の前の体温に身を預ける。

 隙間のない程に、触れ合う肌が愛おしい。
 感情を奏でるように上がる声が、甘えるように抱きしめてくる太い腕が、愛おしい。

/ 3625ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp