第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし✓
「あ、でもね」
「?」
「だから正直に言えば、怖さもあった。こんな私を変わらず想ってくれていても、杏寿郎の中で何かが変わったらどうしようって」
「何か?」
「私を見る目というか…私が私自身に嫌悪感を持ったんだから…杏寿郎も、悪い感情を持つかもしれない。それだけは、嫌だなって」
「そんなことはない。今回、君が悪いことなど何一つないだろう?」
「それでも私に抑えきれない感情はあったでしょう?」
「…む」
「それが嫌だったとは思ってないよ。ぶつけてきてくれて、見せてくれて、よかったって思ってる。…でもそれが普通なの。理不尽な想いを持つのも、嫉妬も恨みを持つのも。それが"感情"を深く有する、人間の特権なのかも。…だから人の心は、移ろいゆくもの」
結ばれた男女の絆が、時の流れと共に離れゆくこともあれば。最愛の者の死を迎えても、再び心の傷を塞ぎ前を向くこともできる。
対人と関わる仕事をしていたからこそ、よりよく理解できた。
形に無いからこそ、人の心がひとつに留まる保証などない。
永遠に変わらないものなど、基本鬼という存在以外にはないのだ。
「杏寿郎に嫌悪されるのは、知らない男性(ひと)に抱かれることより怖い」
蚊の鳴くような儚い声で、小さな小さな吐息を零す。
「今まで、そんな怖さなんて感じたことなかったのに」
異性単体に関する恐怖はあれど、他人を想うが故の怖さは感じたことがなかった。
家族以外では。
「…俺が教えたのか」
「うん。杏寿郎から、教えてもらった」
幸福も。恐怖も。
「私の想いは枯渇しないから、何があっても離れる気はないけど…」
人間の時は知り得なかった、人としての感情。
それを少しずつ手探りで見つけ、形作り、手に入れた。
どんな壁が自分の前に立ちはだかろうとも、絶対に杏寿郎の手を離すまいと決めた。
今までの道筋もなだらかなものではなかったのだ。
今更荒波が阻もうが、大岩が塞ごうが、立ち向かう決意は揺らがない。
しかしもし、杏寿郎がそれを求めたとしたら。
移ろいゆく心が、蛍以外の者に向いたとしたら。
「…離れられたら、追えない」
その時は、潔く身を退く気でいた。