第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし✓
「好きでもない男に触れられたこと。そこに対する自身の嫌悪は、我儘でも面倒な感情でもない。君に心があるが故だ」
「…こころ」
疑問符にするでもなく、復唱するようにぽつりと零す。
いまいち理解ができていない蛍を、杏寿郎は目元を緩めて見つめた。
町娘が育つような環境ではなかった。
故に己を「普通ではない」と言うが、彼女の身体の内側にあるものは真っ当な感情だ。
「嫌うものだから不快に感じた。好いているから傷付けたくはないと口を閉じる。どれも人間味のある思いじゃないか」
大きさや形は関係ない。
柚霧の時は平気であったものが、そうではなくなった。
それは一夜を売っていた遊女から、ただ一人の女性になっただけのことだ。
「君の心が感情を有している証だ。そんな思いが、俺には一等いじらしい」
愛おしいと、そう思う。
蛍には自覚はなくとも、未熟な心を搔き集め、不器用ながらも繋いでくれた。育ててくれた。
その先で生まれたのが、今の蛍なのだと思うと。
「愛おしいんだ」
まるで自分に会う為に、咲かせてくれた心のようだ。
「っ…」
再び口を開けては閉じる。
言葉にならない言葉で空気を揺らして、蛍はきゅっと唇を結んだ。
じんわりと、花弁が色付くように頬が染まっていく。
「このままでも、いいのか、な」
「ああ」
「変じゃ、ない?」
「ああ」
とりとめなくも聞こえる問いかけは、幼さが残る。
まるで、生まれたばかりの心を始めて知ったかのように。
「君は普通とは違う感覚、と言ったが。今俺の目の前に見える心以外のものが、その"普通"と呼べるものだったとしても。君の心でなければ、俺は要らない」
そこに寄り添うように、ゆっくりと想いを紡ぐ。
「今ここにある、俺にだけ見せてくれている、その心が欲しいんだ。その感情を俺に向けていて欲しい」
今まで見てきた蛍の顔とも、過去を知り得て気付いた柚霧の顔とも違う。
自分と出逢い感情と体を重ねた末に生み落としてくれた、その心こそが。何よりも望むものなのだ。