第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし✓
下唇を噛み締めた牙。
八の字に眉を寄せた眉間。
鮮やかな緋色の瞳は、微かに揺らいでいる。
言葉とは裏腹な表情だった。
続けようとした言葉がなんだったのかも忘れてしまう程、杏寿郎はその顔に息を呑んだ。
「…そ、っか」
一呼吸して、噛み締めていた口を開く。
やんわりと苦笑混じりの笑みを浮かべる蛍に、胸の奥が締め付けられる。
自分は女ではないし、ましてや誰かに蹂躙された経験もない。
そこに生ずる痛みは想像もできないが、一つだけわかることがある。
「…蛍」
慣れていたとしても。
遊女としての経験があったとしても。
何も感じない訳ではないのだ。
だから柚霧に心の蓋をさせていたのではないか。
「この際だ。全て取り繕いのない、本音を伝える。だから蛍も教えてくれ」
「本、音…?」
深く息を繋ぐ。
動揺など見せないように静かな声で、腹の底にあるものを告げた。
「君は慣れていると言うが、俺は慣れていない。平気じゃ、ない」
そんなことを伝えれば、蛍がどんな顔をするのかもわかっていた。
それでも伝えなければと思った。
「っごめん、なさい」
「いいんだ。蛍の言う通り、動揺はするだろう。傷付きもするかもしれない。だがそんなことはいいんだ。俺の心など、実際に経験した蛍の心の一部にも勝らない。…それよりも知っていたい。見逃したくない」
想いが深いが故の、蛍の優しさだ。
それを否定するような言葉は彼女を傷付けるだろう。
それでも伝えたかった。
「そんな表情(かお)の君を、誰も知らぬままになどさせたくない」
長年柚霧として培った経験が、過去が、その身体に"慣れ"を生んだ。
そのお陰で蛍が受ける傷が小さくなるのならば、それでもいい。
それでも。
柚霧としての顔で、彼女は確かに言ったのだ。
「何も語らなくてもいいから、その顔は隠さないでいてくれ」
──怖かった、と。
花街の輝く夜の中で、鬼の身体に置き去りにされた人間の心が漏らした本音。
あれが裸の言葉なら、童磨とのことも入り混じっていたのかもしれない。