第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし✓
「…杏寿郎が、そのことで気負う必要はないよ。黙っていたのは私」
「関係ない」
他人の心の機微を、繊細に捉えることもできる。
そんな杏寿郎だからこそ即座に否定できた。
いくら遊女の経験があろうとも、無理矢理に体を暴かれたことを易々と告げられるはずはない。
被害者はどうあっても蛍の方だ。
黙秘した彼女が悪いなどと、誰が責められようか。
「蛍は何も悪くない。黙っていたことを責める気はない。心底そう思っているのに、結果的に君を責め立てた。傷付けた。…すまなかった」
更に深く杏寿郎の頭が下がる。
一言一言、それを口にすることすら痛みが走るかのような、噛み締める謝罪。
「謝っても謝り切れない。俺が俺自身を許せない」
「……」
そんな杏寿郎の姿を前にして、蛍は静かに唇を噛んだ。
「……顔を上げないで、聞いてくれる?」
そっと、俯く杏寿郎に両手が伸びる。
視線を遮るように、獅子のような頭を抱きしめた。
「杏寿郎は悪くないよ。私は私の為に、黙っていたんだから」
柔らかな髪に顔を埋めて、愛おしそうに触れ撫でる。
大切にしまい込んだものを扱うような、優しい仕草で。
「そのことを知ったら、杏寿郎を傷付ける。今みたいな姿を見ることになる。…それが嫌だったから。だから黙っていたの。知られるのが怖い思いも、ないと言ったら嘘だけど…それ以上に杏寿郎を傷付けることが嫌だった」
華奢な腕に包まれた中で、金輪の双眸が見開いた。
「私は、さ。柚霧だから。慣れてない訳じゃ、ない。仕事でも、無理矢理するのが好きな客もいたし。だから杏寿郎が思う程、傷付いてないよ。そんなに過敏に気遣わなくても大丈夫」
辿々しさを残すように、言い難そうにしながらも告げる。
蛍の声が、よりか細いものと変わった。
「…腫れ物みたいに、扱わなくていいから」
切望するような声に、強く杏寿郎の唇が結ばれる。
「っ腫れ物など! そんな目で見る訳がないだろうッ」
刹那、弾けるように声を荒げた。
蛍の両肩を掴み、逃がすまいとするように力が入る。
上げた目で捉えた蛍の顔に、続けようとした声が止まった。