第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし✓

　視線が交じる。
　吐息が零れる。

　じわりと、熱が生まれ落ちる。
　言葉にするのも野暮な空気に呑まれるように、ふたつの唇が重なる──


「っ」


　その前に、寸でで止めたのは杏寿郎だった。
　思い詰めるような険しい顔をして、視線を辿るように頭が下がる。


「…杏寿郎…？」


　頭を下げるというよりも、項垂れる姿に近い。
　不思議そうに問いかける蛍は、心配そうな空気を醸し出しているもののそれまでだ。


（…"あのこと"には、触れないんだな）


　あんなにもはっきりと理不尽な思いを突き付けたのに。あんなにもはっきりと、そこに対して傷付いた顔を見せてきたのに。
　触れようとしない蛍に、ぐっと唇を噛み締める。

　衝突した互いの心に落とし所をつけて、包み込んでくれた。
　それでいいのだと笑ってくれた。

　子供のような願望を受け入れ、謝罪の言葉を先に向けてくれたのは蛍の方だ。


「…すまない」


　噛み締めながら、絞り出すような声が落ちる。


「気付くのが遅れた」

「え…？」

「時間軸など関係ないと言ってくれたが、俺は悔やんでも悔やみ切れない。君が本当に助けを求めていた時に、傍にいられなかったことが」


　触れないのは責める気がないから。
　しかし蛍にその気がなくとも、自分は違う。


「童磨と与助に心身を蹂躙されたというのに」


　はっきりと告げた杏寿郎に、微かに蛍の視線が揺らぐ。


「一番君の心が傷付いていた時に、支えるどころか、触れることすらできなかった」


　後悔などという生温い感情ではない。
　愚鈍な己の心を引き千切って、叩き直したいくらいだ。

　何故気付かなかった。
　何故手を伸ばせなかった。
　何故声をかけられなかった。

　蛍が黙秘していたからと言えばそれまでだが、それなりの観察眼は持っていたはずだ。
　それでも蛍の持つ柚霧の顔に、昔の傷跡なのだと錯覚してしまった。

　一度は反省したというのに。
　また彼女の過去ばかりに囚われて、現在(いま)の蛍を蔑ろにしてしまっていた。