第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし✓
目に見えた証などはない。
それでも蛍の言葉は、杏寿郎の体の奥深くに溶けるように入り込む。
柔く解れては、包み込む。言いようのない安心感が体を温めていくかのようだ。
「とか言うと、なんか重いかな」
へらりと砕けて苦笑する。
「そんなことはない」
その身を蛍が退く前に、背に手を添えて阻んだ。
「ならばずっと灯しておいてくれ。その心に」
「なら私が死ぬまで、"ここ"に在り続けるよ。覚悟できる?」
「今更だ」
鬼である蛍を伴侶に望んだ時点で、幾度も覚悟は噛み締めてきた。
「鬼殺隊でこの手を取った時から、すでにできている」
近過ぎて見えなかったものを改めて確かめるように、細く華奢な手を握る。
すっぽりと片手でも包み込むことができる手を持ち上げれば、不意に蛍が口角を下げた。
「…ごめんね」
ぽつりと落とすように向けられる謝罪。
その目は、噛み傷の残る杏寿郎の指に向けられている。
鬼である蛍は、噛み切った舌の傷も縛られた腕の跡ももう残してはいない。
しかし人である杏寿郎は、小さな噛み傷だって簡単には治らないのだ。
「あれは俺が強いた行為だ、蛍は悪くない。それに寧ろ俺には嬉しいものだ」
「傷なのに?」
「蛍が付けてくれた傷だろう? 君の感情が刻まれたものだ」
「……」
「可笑しなことだと思うか? 以前も似たようなことを伝えたはずだが」
「…ううん」
指の腹で、小さな噛み傷を愛おしそうに撫でる。
そんな杏寿郎の反応に、どことなくこそばゆいものを感じながら、蛍は頸を横に振った。
「私も、わかっちゃった」
握られてはいない手で、そっと頸の後ろの項に触れる。
そこには深い杏寿郎の噛み跡が残されており、未だ完治には至っていない。
喰い破りそうな勢いの噛み付きは、正に喰われるような感覚だった。
それ以上の快楽でなし崩しに理性は崩れたが、その時確かに感じたものは充足感に似たものだ。
(嬉しかったんだろう、な)
童磨に無理矢理に体を暴かれた時に、同じ項に噛み付かれた。
あの時の恐怖を、杏寿郎との行為で上書きしてもらえたような気がした。