第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし✓
「それは…鬼の精神が関与しているものなのか…?」
ようやく顔を上げて表情を見せてくれたかと思えば、神妙な顔で意味深に問いかけてくる。
杏寿郎らしい生真面目さに、蛍は自然と口元を綻ばせていた。
「さあ。わかんない。でも頭を吹き飛ばされようとも、心臓を潰されようとも、消えない気がするなぁ」
「気がする、とはなんとも曖昧なものだが…」
「でも、わかるよ。私の体のことだから。テンジに名前を取られて柚霧だけでいた時も、本来なら杏寿郎のことを思い出せなかったはずだし。現に松風さんのことは憶えていても、天元のことは思い出せなかった。柚霧だけの私は、月房屋で働いていた時の私だから」
蛍は元々、柚霧と感情を切り離していた訳ではない。
柚霧という仮面で、蛍の心に蓋をしていただけだ。
故に蛍は柚霧であり、柚霧は蛍でもある。
杏寿郎に柚霧として抱かれた時も、蛍の想いは根付いていた。
だからこそ柚霧としての記憶はあれど、蛍と共有していた杏寿郎の想いを本来ならば抱えられるはずはないのだ。
それもひとえにテンジという特殊な鬼の術故だという理由でも成り立つが、はっきりと告げる蛍を前に己の憶測は誤っていたのだと杏寿郎は悟った。
「蛍であっても柚霧であっても、その他の名前を持たない私であっても。私が辿り着くところは、"ここ"」
ぺちり
鋭い爪を持つ両手が、杏寿郎の両頬を柔く挟む。
撫でるには強く、叩くには弱い力で。
「私が望むものは煉獄杏寿郎、そのひと。その想いは、何があっても消えない」
鋭い犬歯を微かに見せて、砕けて笑う。
柔くも強いその笑顔に、杏寿郎の口から疑問符が消えた。
彼女だからだ。
人も時代も移ろいゆく定め。
その中で時を止め、世界に逆らい立っている彼女だからこそ。
気休めの励ましではなく、蛍はただ真実を告げていた。
鬼だからこそ手に入れた、錆びることのない心の一部だと。