第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし✓
見開く瞳に映ったのは、眉を強く顰め、唇を真一文字に結んだ杏寿郎だった。
何かに耐えるような視線で訴えたまま、頬に当てた掌を退く。
一度触れた体温を逃さないように、そのまま目の前の蛍を掻き抱いた。
「俺への想いを、消さないでくれ」
蚊の鳴くような、小さな小さな声だった。
今にも消えてしまいそうな小さな叫びを吐露して、顔を肩に埋める。
そんな杏寿郎が、腕の太さや広い背中に反して不思議と小さく感じた。
胸の奥が、ぎゅっとなる。
「…ごめんなさい」
丸まる背中に両手を添える。
あんなにも抗っていた言い合いが嘘のように、すんなりと蛍の口から謝罪が零れ落ちた。
「ごめん。杏寿郎」
焔色の髪に指を絡めて、柔らかなその毛色に頭を傾け寄り添う。
「でもね…言い訳に聞こえるかもしれないけど。あの時"蛍"を失っても、杏寿郎に向けた想いは消えない気がしたの」
テンジに"彩千代蛍"を丸ごとそのまま授けようと思えたのは、少年だけに心を奪われたからではない。
既にその時柚霧の中に抱えていた心は、揺るぎない想いを持っていたからだ。
「上手く言えないけど。想像とか、そうありたいって気持ちじゃなくて。ただ確信できた。私は私を失くしても、杏寿郎のことは失くさない。杏寿郎に向けたこの心は、消えないんだって」
鬼に成り下がりながら、再び人を信じることができたからか。
最初はそう思っていたが、全く違うものだと、テンジの最期を見送りながら悟ったのだ。
「鬼になって、朽ちない体を手に入れた。傷付いても、壊れても、何度でも同じ形になれる体を。…鬼と成ってから生まれた私のこの想いも、それと同じな気がするの」
「…どういう、ことだ?」
「うーん。私も、よくはわからないんだけど…不思議な感覚」
問いかけながらも掻き抱いたまま、離れようとしない。
そんな杏寿郎の姿を抱き止めた体全体で感じているだけで、心はこうも大きな充足感に包まれる。
「消えないの。失くしたりしない。自分の名前を失っても、そこにある記憶を奪われても。何度でも繰り返し生きていけるこの体と同じに、私の心で生き続けるもの」