第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし✓
沈黙が二人を包む。
先に声を発したのは、手首の跡に視線を落としたままの蛍だった。
「後悔は、してないよ。テンジが最期にあんなふうに笑って逝けたのは、あの選択肢だったからだって、そう思ってる」
「勿論、杏寿郎の呼吸技のお陰もあった」と続けて、一呼吸する。
確かに見たのだ。
この手で触れて、感じて、聞いて、応えた。
あの時、蛍の腕の中で命を消したテンジは、それでもあの場の誰にも負けない心からの感情で笑っていた。
それを知ってしまったから。
杏寿郎の立場も思えば、あれは鬼の少年達にとって"救い"だったと、そう信じていたい。
それは偽善でも、言い訳でもない。
蛍の本心からくるものだった。
「だから…もうあの選択肢を選ばないとは、言えない」
「っそれでは──」
「だから」
反発的に吐き出そうとした杏寿郎の思いを止めて、掠れたままの声が大きく変わる。
「次にもし同じようなことがあったら、杏寿郎が止めて」
下がっていた緋色の瞳が、杏寿郎の双眸と重なった。
「気に入らないなら、そう言って。可笑しいと思えば、そう伝えて。私は私の頭で最善を考えるけど、杏寿郎の声になら耳を傾けるから」
杏寿郎の指示を聞き入れ、守り続けた今夜のように。
他の誰でもない、彼の言葉なら受け入れることができる。
「さっきみたいに怒鳴ってくれてもいいよ。私が言うことを聞かなくて耐え切れないなら、さっきみたいに縛ってくれたって…殴ってくれてもいい」
「っ殴るなど、そんなことできる訳がないだろう」
「いいよ。傷付いたってどうせ治るから」
手首を持ち上げ、杏寿郎の視界に晒す。
「この腕みたいに」
あかぎれのように手首をぐるりと回っていた跡が、ゆっくりとだが肌に吸い込まれるように消えていく。
人では成し得ない、蛍が鬼である証拠だ。
「私は…鬼、だから」
迷いなく告げていた蛍が、初めて尻込みを見せた。
杏寿郎に「線引き」と指摘されたからだろうか。言い難そうに告げた後、少しだけ口調が速くなる。
「杏寿郎とは違うって、そう示唆してる訳じゃないの。これは私が鬼であることを利用してるだけ」
「利用…?」
「うん」