第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし✓
「痛く…なくは、ない…かな」
指先で跡を擦れば、多少の違和感は残る。
どうせその感覚もあかぎれのような跡と共に綺麗に消えてしまうのだろうが、今はまだ在り続けているものだ。
その様がまるで人のようで、嫌な気はしない。
ゆっくりと蛍が紡げば、掠れた声にも言葉が形作られる。
「ならば抗えばよかっただろう」
視線を落とし跡を撫でていた指先が、杏寿郎の重い言葉に止まった。
「痛みがあるなら、抵抗すればよかった」
そんなこと望んでいないと杏寿郎自身わかっていながら、はっきりと告げる声には本音も混じる。
嫌だと感じても抵抗しなかったから、同じように童磨に抱かれてしまったのか。
そんなはずはないとわかっていても、告げる杏寿郎の声には苦々しさが残り続けた。
問いかけても不毛なもの。
それでも一度噴き出した黒いものは止まらない。
「俺が力で押さえ付けたとしても、抗う方法はいくらでもあったはずだ。本気を出せば大の男にも力負けはしないだろうし、君なら術を駆使することもできる」
杏寿郎に抱かれる蛍は、途端に人間のようになる。
無力な女性のように、杏寿郎に組み敷かれ体の隅々まで明け渡すのだ。
その時だけは鬼など関係ない、男と女でいられる。
心で対等な立場となり愛し合える。
そんな二人だけの特別な時間が、その時だけ見せる蛍の特別な姿が、杏寿郎は愛おしくて仕方がなかった。
だが先程の蛍は抱かれることを本気で嫌がっていた。
見せたことのない表情(かお)で泣き、聞いたことない声で抗った。
それでも鬼の片鱗は噛み付く程度のもので、それ以上は牙を剥かなかったのだ。
「そんなこと、しない」
「何故だ?」
だからこそ疑問が浮かぶ。
あんなにも心では抗いながら、何故体は蹂躙させたのか。
そこまで稀血の効果は、蛍にとって抗え抜けないものだったのか。
「血鬼術は使うなって言われたから」
しかし返ってきたのは、拍子抜けする程簡単な答えだった。
思わず杏寿郎の口が閉じる。
「此処は村の中だから。拘束も外すなって言われたから」
杏寿郎に指示されたことを、蛍が忠実に守り続けただけの結果だったのだ。