第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし✓
とんてんかん、と音がする。
意識を失った覚えはない。
ただ気付けば、"無"の中にいた。
ゆっくりと、力の入らない瞼を上げる。
焦点の合わない視界がぼんやりと映し出したのは、朱と金に染まる柔らかな毛色。
意味もなくじっと見ていれば、毛色が揺れて更に輝くような金輪に朱色の瞳と重なった。
「…蛍」
結ばれていた唇が、静かに名を呼ぶ。
ようやくそこで、蛍は自身の状況を思い出した。
熱く迸る五度目の射精を受けて、収まりきれなくなった快楽が脳天を焦がした。
意識も曖昧なまま洪水のような快感に吞まれ、気付けば意識もぷつりと途切れていたようだ。
「……ぁ…」
かさかさに乾いた唇を開けば、引き攣り掠れた声しか出ない。
その唇に、顎に添えられた手がやんわりと親指の腹で触れる。
ぴくりと体が反射的に跳ねて身を引こうとすれど、背中を抱いた手が許さなかった。
蕎麦屋の二階の、小さな部屋。
更にその窓枠に作られた段差に腰かけた杏寿郎が、蛍を腕に抱いていた。
多少崩れているものの、杏寿郎は来た時と同じ着物姿。
蛍もまた乱れて肌を隠す役目を失っていた浴衣を、正しく襟を合わせて着直されていた。
反射的に身を竦めた蛍に、太い眉を寄せるものの杏寿郎は何も言わない。
気怠さの残る体に熱い杏寿郎自身を感じることはなく、ようやく解放されたのだと蛍はぼんやりとした意識のまま悟った。
四肢を意識すれば、強くロープで縛られていたはずの腕が動く。
気を失っている間に束縛は解かれたのか。ゆっくりと片手を上げれば、手首にはロープの跡が薄らと赤く刻まれていた。
(跡…)
再生力のある鬼の体でも残り続けているということは、余程強く跡を刻んだのか。
はたまた束縛を解かれてから、然程時間は経っていないのか。
両方なのかもしれない。
早々に考えることを放棄して、蛍はじっと手首の跡を見つめ続けた。
「…痛むのか」
静かな声が、反応を伺うように問いかけてくる。
あんなにも激昂していた気配は欠片もなく、蛍は再び目の前の杏寿郎の顔を見つめた。