第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし✓
「自らその心を捨てようとしたのは誰だ!? 俺が見ようと、拾おうとする隙も与えなかった!!」
「っ…? ぁ…な…に、言って…」
「惚けるな…ッあの鬼の少年に〝蛍〟の名を授けようとしただろう! その名に込めた心と共に!!」
ようやく絞り出した疑問の声は、瞬く間に杏寿郎に打ち捨てられる。
鬼の少年という名にすぐに悟る。
テンジの心を救う為に〝蛍〟の心を寄り添わせようとした。
最期まで共にいると。
あの時のことを杏寿郎は言っているのだ。
「な…ぁ、あれは…だって、あれしか、なかった…」
戸惑いながらも身を捩り、鋭い双眸を向ける杏寿郎を見上げる。
「死ぬ気だった、わけじゃ、ない」
〝蛍〟の名はテンジに授けると言ったが、己の命をも渡す気はなかった。
共に朽ちる気はない。
柚霧の心しか持ち得てきなくても、自分がいるべき場所は杏寿郎の隣だと迷わず思えていたからだ。
だからこそ戸惑う。
そこまで怒りを露わにされることだったのだろうか。
「生きて、いれば」
「生きていても」
戸惑いながらも告げようとした蛍の答えが見えていたかのように、杏寿郎が重い声を重ねる。
「生きていても、蛍の名を捨てればその心は失われる。永久にだ。それは〝彩千代蛍〟の死ではないのか」
「そ……れは…」
「俺には、死と同様に恐ろしいものだった。蛍の名を死にゆく鬼に与えるなど。共に死を選ぶことと変わりない」
辿々しい蛍の口調とは相反して、淡々と責める杏寿郎の声に隙はない。
いつだってそうだ。
頭の回転も舌の回りも早い杏寿郎に、最終的には納得させられることは多かった。
その度に何度も飲み込んできた。
今だってそうだ。
入り込む余地など許さないと言うかのように、鋭い双眸と強い口調が蛍を阻む。
「それがわからないのか」
「…ッ」
それでも今回は引き下がれなかった。
『 ほたる 』
脳裏に焼き付いて離れない、無垢な少年のあの笑顔に。