第7章 柱《参》✔
「そろそろ出るか」
「えっもう!? でもまだ蛍ちゃんが…っ」
「それだけの気力があるなら、歩けるだろう」
それだけ擬態化ができるのなら、という意味であることは蜜璃も理解した。
しかしいくらなんでも早過ぎる。
そう感じたのは蜜璃だけではなかった。
「そうですよ冨岡殿。せめてお茶の一杯でも飲んでいって下さい。ええと、茶菓子はあったかな…っ」
「そういえば、さっきから気になってたんですけど…アレ」
「?」
頭に大きなタンコブを作った前田がふらふらと指差したのは、蜜璃が運んでいた大きな風呂敷。
「あそこから甘い匂いがしてるんです」
「あッ」
その言葉に、真っ先に反応したのは蜜璃だった。
ぽんと手を打って、それは嬉しそうに。
「美味しい!」
「へぇ…オレ、店以外の手作りおはぎなんて初めて食べた」
「抹茶餡もいいなぁ。美味い」
「それは良かった!」
わいわいと広間に響く賑やかな声。
口布で顔は隠しているものの、隠達の笑顔は伝わってくる。
彼らの手にはどれも鶯色のおはぎ。
茶菓子にどうかと蜜璃が提案した結果だ。
「そのおはぎは蛍ちゃんのお手製なの」
「そうなんですか?」
「上手いっすねぇ! ご馳走様です!」
「いやぁ、まさか隠会議で美味いもんにありつけるなんて。ありがたい!」
「ふ、ふく…」
口々に礼を言われ、戸惑いつつもぺこぺこと頭を下げ返す。
そんな蛍の姿に、蜜璃も嬉しそうに頬を緩めた。
誰かの胃袋を満たせたかもしれないのに。
そう願っていた蛍のおはぎは、此処にいる隠達を笑顔にすることができたのだから。
「冨岡さんも、どう? 一つ」
「俺はい……貰おう」
その言葉は義勇にも効果があったようだ。
一度は断ろうとしたが、風柱邸での出来事を思い出したのか。差し出したおはぎを受け取る義勇に、満足げににっこりと蜜璃は笑顔を返した。
(やっぱり蛍ちゃんの効果ねっ)
一年前なら差し出した菓子を食べることなどしなかったであろう、義勇だからこそ笑みは尽きないのだ。