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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし



「違えるな」


 伸し掛かるようにして組み敷く杏寿郎の視線に囚われて、背筋が粟立つ。
 危機感ではない。
 尚も熱を焦がすような、高揚なのだ。

 このひとに体の隅々まで染められたい。
 余すことなく味わい、我が物にして欲しい。

 そんな思考が回るのに、濡れた唇を噛み締め続けたのは頭の隅に引っ掛かる理性だった。

 こんなことをしに此処へ来たのではない。
 稀血に耐え得る訓練の為だ。

 それを杏寿郎も理解していたのか、押し倒した蛍をそのままにそれ以上欲をぶつけることはなかった。


「意識があるのなら、訓練を続けよう。蛍」

「…ぁ…っ?」

「己の状況を説明できるか」

「は…待、って」

「待たない」


 太い指が、赤く染まった耳朶を握る。
 指の腹で柔く擦られるだけで、ぞくぞくと背筋を熱が駆け上がった。

 息が上がる。
 汗が滲む。
 浮付いた声が、勝手に零れた。


「望まなければ、手出しはしない。ただし然るべきことには応えてくれ。不死川の稀血だけを喰らった時と、何が違う?」

「ぁ…っ熱、が…」

「ふむ」

「体…なか、で…蠢いて、る…熱い…」


 ひくりと、体が過敏に反応を示す。
 ただ耳を優しく指で愛撫されているだけだというのに。
 荒く零す吐息に混じり、溢れた唾液が唇を尚も濡らす。


「発熱か。病状に近いものか?」

「違…熱く、て……ぅ…」

「熱くて、なんだ?」

「…っ」


 疼く、とは言えなかった。
 それではまるで、発熱ではなく発情だ。

 唇を結び小刻みに体を震わせる蛍に、杏寿郎の体が身を退く。
 と、その手が伸びたのは部屋に用意されていた茶器類。
 水の入った急須の先端に口付けると、口に含んだそれを蛍へと与える。


「んぅ…ッ」


 雛鳥に餌を与えるように、口内から押し流し込まれる水分。
 常温でも強い熱を宿した蛍には冷えたものに感じ、気付けば貪るように喉を鳴らしていた。


「んく、ふ…っん」

「ン…そう焦らずとも、何度でもやろう。少しは熱が治まるか?」

「っは…わか、な…」


 口を開け、もっとと強請る蛍に、再び覆い被さる獅子の頭。
 含み切れなかった水が顎を伝い、着物と畳をぱたぱたと濡らした。

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