第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし

　ふつふつと、体の熱が沸き立っている。
　僅かな刺激だけで、焦がしてしまうような熱だ。

　それは杏寿郎の目から見ても明らかだった。

　浅く荒く息衝く吐息には、疼く熱が混じる。
　濡れた瞳の揺らぎは稀血を摂取した時と同じもので、それ以上に思い起こすは体を重ねた時の顔。
　血と唾液に濡れた口周りを、何かを求める舌が拭い舐め取る。


「お願…はな、れて…」


　強烈に視覚を刺激してくる蛍のその姿は、まるで発情しているようにも見えた。


「…辛いのか？」


　自然と喉が嚥下する。


「痛い？　苦しい？　熱いのか？」

「んッぁ…さわ、ら」

「教えてくれ」


　片腕に抱いたまま、そっと蛍の濡れた頬を親指の腹で優しく拭う。
　それだけでひくつく蛍の肌が、唇が、舌先が、艶めまかしくて目が逸らせない。
　嫌がるように身を退く蛍の背を、ぐっと近付けた。


「蛍」

「だ、め…」

「ほたる」

「やめ…ほんと、に」


　触れ合いそうな程に、近付く唇。
　熱い吐息を零しながらも、蛍はきゅっと牙を隠すように噛み締めた。


「傷、つけ──…んぅッ」


　全てを告げられる前に、言葉ごと飲み込んだのは杏寿郎だった。
　噛み付くように口を塞ぎ、逃げようとする舌を絡め取る。


「ふ、んん…ッぅ、」


　血と唾液をじゅるりと吸い上げ、嚥下する。
　不快な味だというのに、体の奥が燻り疼くようだ。
　熱いとさえ感じる舌を丹念に味わいながら、震える蛍の体を抱き締めた。

　長いようで一瞬。
　互いの間に銀の糸を引きながら、唇を離す。


「俺を誰だと思っている」


　熱に浮かされたような、甘い声ではなかった。


「彩千代蛍は俺の占有だと言ったはずだ。その髪も眼も、肌も四肢も、息衝く声も全て。俺のものだと」


　時と場所は違えど、以前告げた時と同じ。有無を言わさない圧を持つ。
　蛍を見下ろす目は、捕食者そのものだ。

　しかしあの時と違うものが一つ。
　湧き出る欲望をそのまま形にしたかのように、鋭い双眸の奥底が揺らいでいる。


「傷を付けるのは君ではない。その身体を好きにできるのは、俺の方だ」