第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし
さぁ、と杏寿郎が目線一つで促す。
膝立ちのまま皿の前まで身を寄せると、蛍はゆっくりと頭を下げて赤い水面に近付いた。
小瓶に入っていた時は赤黒く見えていたが、広い皿に移されたそれは、ルビーのように鮮やかに赤く色付いて見えた。
己の顔が水面に影を作る。
舌を突き出せば、溢れた唾液がぴちゃんと落ちる。
小さな真珠のような水滴が一滴、皿の上で跳ねて蛍は動きを止めた。
一滴たりとも取り零すことはならない。
その言葉を頭に刻み付けて、恐る恐ると更に顔を寄せる。
犬猫のように、舌で血を舐め取ることはしなかった。
そんなことをしてはまた、真珠の粒を躍らせてしまう。
ゆっくりと、慎重に。震えそうになる唇を、湿らすように赤い水面へと沈めた。
ちゅる、じゅるる、と音を立てて吸い上げていく。
はしたない、みっともないと羞恥する心は生まれなかった。
それよりも如何にこの馳走を一滴残らず平らげられるか。そればかりが強く頭の中で危機感を知らせ、最善策を促してくる。
こくり、ごくりと喉が嚥下する。
口周りを真っ赤に染め、尚も蛍は目の前の馳走を貪り続けた。
「んっ…ふ、ん…っ」
自然と息が荒くなる。
もっと、と欲しがる体が前のめりに傾き、最後には皿に顔を突っ伏すようにして飲み干していた。
「っはぁ…ん…ッ」
一口飲み干した時からそうだった。
体中に駆け巡る血液に、火が付いたかのようだ。
煮え滾る熱は行き場を失くし、ぐるぐると体内を回り続ける。
熱い。
(足り、ない)
それでも満たされない。
まだ足りない、もっと欲しいと体が疼く。
口周りを、頬を、血で染めながら、ぴちゃぴちゃと皿本来の色を取り戻すまで舐め取り続けた。
「ふぅ…ふぅ…っ…?」
前のめり過ぎて、かたんと皿が傾き揺れる。
どくん、と。今まで以上に強く脈打つ体内の気配に、蛍は動きを止めた。
堪らなく体が熱い。
しかし熱いだけではない。
甘い痺れのようなものが、四肢から体の中心部へと広がっていくのを感じた。
「は…ぁ…ッ」
じん、じん、と。一呼吸繋ぐ度に広がる痺れに、体が震える。