第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし✓
「これでよろしいですか?」
「うむ。ありがとう」
「お嬢様も、何かご希望があれば仰って下さいね」
「え。あ。はい」
「では、ごゆるりと」
ぺこりと頭を下げて、再び出ていく店員はどこまでも緩い空気だ。
自分だけ緊張しているのかと、蛍は今だ戸惑いを覚えつつ皿を吟味する杏寿郎を見上げた。
「…杏寿郎は…」
「ん?」
「……なんでもない」
杏寿郎は知っていたのだろうか。
蕎麦屋の二階が、男女の情事に使われるものだということを。
何故知っていたのか。
自分ならまだしも、柱としての腕を磨くことだけに切磋琢磨していた、あの杏寿郎が。
疑問には思ったが、口にはできなかった。
知っているようで知らない杏寿郎の顔を、昼間から感じ続けている所為か。
「さぁ、蛍も早く済ませたいだろう。準備をしようか」
呼びかける杏寿郎には、どこにも卑しげな空気はない。
深読みする方が野暮に思えて、蛍は仕方なしに頷いた。