第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし
「まだ…?」
「まだだ」
「も…飲みたい…」
「いけない」
「一口、だけ…」
「蛍」
ふらふらと揺れる頭が、不安定な精神を表しているかのようだ。
視線は変わらず稀血に釘付けなまま。話を聞く素振りすら見せなくなった蛍に、杏寿郎の手が伸びる。
「俺を見ろ、蛍」
「っ…ぁ」
両頬を包む手が、導くように顔を上げさせる。
視線が重なる。
稀血に感化されたかのように、赤く赤く染まるその瞳を、杏寿郎は奥底を覗き見るように見つめた。
「血に惑わされるな。此処が戦場なら、その隙が命取りとなる。視野を広げ、意思を強めろ」
(っ…視野、を…)
視界いっぱいに広がっているのは、杏寿郎の顔だけだ。
血の匂いに中てられながら、燃えるようなその双眸を見つめていれば、自然と息が上がった。
唾液で濡れた唇が、求めるように杏寿郎へと上がる。
(欲し、い)
果たしてそれは血か、目の前の彼と深く交わることで得られる糧か。
どちらともわからないままに、吐息が感じられる程の距離で唇が触れ合う。
「っ…!」
否。触れる直前に、ぎゅっと唇を噛み締めて顔を背ける。
強く目を瞑り、歯を食い縛り。蛍は本能に抗うように誘惑から目を背けた。
「蛍?」
「だ、め…今、は」
稀血の所為で、上手く手加減もできない。
本能のままに求めれば、易々とこの牙は杏寿郎の皮膚を裂いてしまうだろう。
「杏寿ろ…傷付け、る…」
噛み締めた唇の隙間から、絞り出すように告げる。
蛍のその全身で耐えようとする姿に、杏寿郎は見開いていた双眸をふと緩めた。
凛々しい眉が、僅かに下がる。
「…そうだな。よく耐えた」
身を離し、促すように優しく声をかける。
「いいぞ」
「…ぇ…?」
「これ以上の抑制は辛いだろう。飲みなさい」
「!」
弾けるように、蛍の顔が上がる。
ようやく褒美にありつけるのか。
「ただし、余すことなく飲み干すこと。一滴たりとも皿から取り零してはならない。我を見失い喰らうことなかれ」
それでも未だ訓練は続いているようだ。
己の口元に人差し指を立てて告げる杏寿郎に、こくりと蛍は唾を嚥下した。