第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし✓
「では、お二人様ご案内しますー」
最初と同じ口調で、店員が案内したのは二階へと続く階段。
「なんで上…?」
「用事はこの先にある」
「そうなの?」
当然のように先を歩む杏寿郎に、頸を傾げつつ蛍も進む。
飲食店の二階など意識したことはないが、てっきり店長や働き手の住み場かと思っていた。
(違うのかな…)
「おやあ。おやおや」
草履を脱ぎ、階段の一段目に足をかければ、引っ掛かる声が呼び止める。
振り返れば、あの男が未だ席に着いたまま、にやにやとこちらを見て笑っていた。
「若旦那も隅に置けないねぇ」
「?」
「蛍」
「あ、はい」
どういう意味か。
目で問えば、男はひらりと片手を振って意味深に笑った。
「楽しんでおいでよ。蛍さん」
きしきしと、古びた階段が歩む度に小さく鳴く。
趣があると言えばそれまで。
杏寿郎の後を追って上がった先では、細い廊下と両隣に立つ襖が二つ、蛍を迎えた。
「今はどちらも空いておりますので、お好きなお部屋をお使い下さい」
「うむ」
「寝具の他に着替えや小道具等は置いておりますが、他に必要なものがございましたら可能な限りは対応させて頂きますね」
「では、皿を一枚貸して貰えるか。深さはさほど無い、広めの皿がいい」
「わかりました。お持ちしますー」
ぺこりと頭を下げて、先頭で案内していた店員が去っていく。のんびりとした口調の女性だ。
蛍の隣を抜ける際、ちらりと一瞬視線が向いた。
目が合えば、柔く細まる。
「ごゆるりと」
「あ。はい」
告げられた言葉に、蛍も反射的に頭を下げて返した。
「(貸し部屋…成程。此処なら千くん達の迷惑にならないし、店内は下の階だからお客さんの邪魔にもならない)お蕎麦屋さんに、まさか宿泊部屋があったんて。知らなかった」
「そうか? 君が知らないとは珍しい」
「え?」
それ程に有名なことなのだろうか。それでも知らないものは知らない。
頸を傾げる蛍の前で、先に立った杏寿郎が襖を開けた。