第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし
「稀血は二つ同時に使う」
「え、同時に?」
「振り返れば、複数の血を混ぜ合わせて与えたことはなかっただろう。それがどんな作用をもたらすのか。確かめる価値はあるはずだ」
「…でも、稀血…だよね」
平凡な血でさえも、惑わせてくるというのに。
特殊な稀血を二種類も一度に摂取すれば、どうなるのか。
今後の為に知りたい欲もあるにはあるが、不安の方が僅かに勝る。
「大丈夫だ。静子殿の稀血は、不死川に比べれば作用は小さなものだろう。不死川の稀血は、その中でも特に強い効果を発揮する。それを口にしたことがある蛍なら、耐えられると俺は見た」
「…だと、いいけど…」
「百聞は一見に如かずだ。皿に出すぞ」
鍛錬となると容赦のなかった杏寿郎の扱きを思い出す。
それは遺憾なくここでも発揮されているようだ。
蛍と杏寿郎の距離の中心。
其処に置かれた白い皿に、小瓶の蓋を開けた杏寿郎が手首を捻る。
とくとくと、皿に溜まっていく少量の血液。
反射的に息を止めた蛍は、恐る恐るその様を見つめた。
「呼吸を繋げ。その為の呼吸法だ」
「っ…」
ゆっくりと、息を繋ぐ。
すぐさま鼻孔をくすぐってくる血の匂いは、昼間嗅いだものよりは薄く感じた。
ざわざわと血管の中が脈打つような気配はするが、酩酊する程ではない。
これが静子の稀血なのか。
(なんだか…甘ったるい、感じ…)
実弥の稀血は、一嗅ぎした途端に頭が揺れていた。
そこまでの早急な酔いはないが、甘い匂いに四肢から痺れていくような感覚がする。
稀血によって、鬼に与える効果は様々だと童磨が言っていた。
静子の稀血もまた、それにしかない特殊な効果があるのだろうか。
自然と頸が伸びる。
血を求めようと、舌が口内から覗いた。
「まだだ」
静かに制され、蛍の動きが止まる。
杏寿郎の声が届いている証拠だ。
更にもう一瓶。
皿を僅かに満たした血液の中に、実弥の稀血を注いでいく。
「っ──!」
瞬間、ぶわりと空気を包む血の濃度。
やはり実弥の稀血は群を抜いて強く、蛍の脳髄を刺激する。
ふらりと、上半身が覚束なく揺れる。
皿に注ぎ込まれる赤い雫だけに目が釘付けになり、蛍の呼吸は乱れた。