第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし✓
自分も抗ってみたのだと言っても、言い訳のようにしか聞こえない。
謝罪を口にしても、杏寿郎はそれを求めてはいないだろう。
肯定も、否定もできず。
沈黙を抱えたまま、蛍は手を引かれるままに歩み続けた。
どれ程、歩いていただろうか。
時間にすれば然程かかってはいないかもしれない。
それでも重い沈黙を感じながら歩むだけの時間は、蛍にとって長く居た堪れないものだった。
沈黙はすれど歩む速度は変わらず。先導し続けていた杏寿郎が、不意に足を止める。
その場所は蛍には覚えのないもので、思わず頸を傾げる。
「此処だ」
「此処って……お蕎麦屋さん?」
蕎麦屋の看板を見上げ、店を見渡す。
どう見ても、極々普通の蕎麦屋だ。
カラリと杏寿郎が引き戸を開ければ、やはり中は机と椅子が並ぶ飲食店の風景だった。
「らっしゃい!」
「二人だ、頼む」
「あいよォ」
「おや。誰かと思えば若旦那」
店内へと踏み込めば、先客がいた。
ずずっと蕎麦を啜る手を止めると、杏寿郎と蛍の並ぶ姿を見てにやにやと目を細める。
「若旦那」と呼ぶ男は、蛍は一人しか知らない。
瑠火の墓参りに出向いた際に、杏寿郎と蛍の関係に強く興味を示していた男だ。
「二人で神幸祭でも観に来たのかい? 今日は準備が主だから、あんまり派手なことはやらないよ」
「いや。夜道の散歩をしていただけだ」
「…こんばんは」
男と目が合い、頭を下げる。そんな蛍にまじまじと興味深い視線を向けながら、男は頬杖をついて笑った。
「やあ、こんばんは。煉獄の旦那のお嬢さん。名前を訊いても?」
「彩千代蛍と申します」
「蛍さん。可愛らしい名前だなぁ」
「ぁ…ありがとう、ございます」
柚霧の時は経験が複数あれど、蛍の名に愛嬌があるなどと褒められたことはあまりない。
もう一度蛍が頭を下げれば、ぐっと握られた手を引かれた。