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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし



 知っているだろうと思われたのは、色事関係だからか。
 あっさりと告げられた言葉に妙な距離感を覚えて、蛍は何も返せなかった。
 ただ静かに戸惑い、杏寿郎を見返す。


「なんで、こんな所」

「何故、という程のことでもない。誰にも邪魔されない借り部屋が必要だった。それだけだ」

「…杏寿郎の精は要らないって、言った、よ」


 ぴくりと、杏寿郎のこめかみが微かに力を込める。
 呼吸を正すようにふぅと息を吐くと、杏寿郎は衝立障子をずらし部屋の奥へと踏み込んだ。


「知っている。此処で行うのは稀血の提供だ。此処なら多少汚しても、文句は言われないからな」

「……」

「着替えもある。その着物を汚してしまうのは、蛍も本意ではないだろう。念の為、これに着替えるといい」


 用意されていた二組の寝間着。
 白い浴衣を差し出す杏寿郎に、蛍は奥歯を噛み締め言葉を呑み込んだ。
 確かに、杏寿郎の意見は理に適っている。


「お客様、お皿お持ちしまし…どうされました?」

「い、いえっ」


 其処へ皿を手に店員が戻ってくるものだから、つい逃げるように蛍は目の前の部屋に踏み入れた。


「これでよろしいですか?」

「うむ。ありがとう」

「お嬢様も、何かご希望があれば仰って下さいね」

「え。あ。はい」

「では、ごゆるりと」


 ぺこりと頭を下げて、再び出ていく店員はどこまでも緩い空気だ。
 自分だけ緊張しているのかと、蛍は今だ戸惑いを覚えつつ皿を吟味する杏寿郎を見上げた。


「…杏寿郎は…」

「ん?」

「……なんでもない」


 杏寿郎は、知っていたのだろうか。
 蕎麦屋の二階が、男女の情事に使われるものだということを。

 何故知っていたのか。
 自分ならまだしも、柱としての腕を磨くことだけに切磋琢磨していた、あの杏寿郎が。

 疑問には思ったが、口にはできなかった。
 知っているようで知らない彼の顔を、感じ続けている所為か。


「さぁ、蛍も早く済ませたいだろうし。準備をしよう」


 呼びかける杏寿郎には、何処にも卑しげな空気はない。
 深読みする方が野暮に思えて、蛍は仕方なしに頷いた。

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