第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし
きしきしと、古びた階段が歩む度に小さく鳴く。
趣があると言えばそれまで。
上がった先には細い廊下と、両隣に立つ襖が二つ。
「今はどちらも空いておりますので、お好きなお部屋をお使い下さい」
「うむ」
「寝具の他に着替えや小道具等は置いておりますが、他に必要なものがございましたら可能な限りは対応させて頂きますね」
「では、皿を一枚貸して貰えるか。浅く、広めの皿がいい」
「わかりました。お持ちしますー」
ぺこりと頭を下げて、店員が去っていく。
のんびりとした口調の女性だ。
蛍の隣を抜ける際、ちらりと一瞬視線が向いた。
目が合えば、柔く細まる。
「ごゆるりと」
「あ。はい」
告げられた言葉に、蛍も反射的に頭を下げて返した。
「(貸し部屋…成程。此処なら千くん達の迷惑にならないし、店内は下の階だからお客さんの邪魔にもならない)…お蕎麦屋さんに、まさか宿泊部屋があったんて。知らなかった」
「そうか? 君が知らないとは珍しい」
「?」
それ程有名なことなのだろうか。
それでも知らないものは知らない。
頸を傾げる蛍の前で、先に立った杏寿郎が襖を開ける。
部屋は、小ぢんまりとしたものだった。
小さな窓に、物置用の棚が一つ。
店員が言っていた寝具が、部屋の隅に畳んで置かれている。
しかし部屋全体をすぐに把握することはできなかった。
襖を開けた向こう側には、衝立障子(ついたてしょうじ)が置かれていたからだ。
部屋を区切る為に使われるものだが、こんな小さな部屋には本来必要ないものだ。
「…ぁ」
それが何故置かれてあるのか。
見てすぐ悟ったというより、見知った景色に蛍は思わず足を止めた。
知っている。
この小さな部屋を。
柚霧としての時間の大半を過ごしていた、あの部屋と似ているのだ。
煤けた風鈴を飾った、真っ赤な布団の敷かれたあの部屋と。
「…ここ……そういう…?」
息を呑むように、問いかける。
襖を開けて踏み込んだ杏寿郎が、ああ、と振り返る。
「やはり知っていたのか」
その応えが決定打だった。