第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし
びくりと同じ反応を示す二人の視線が、いつの間にやら食事を終えていた杏寿郎に向く。
「若旦那、もう食べ終えたんで? 早…」
「何やら楽しげに話していたようだし、混ざりたくなったんだ。俺達の関係性の話か?」
「大したことは、話してないよ」
きちんと揃えた箸を、ぱちりと並べて置く。
口元に笑みは浮かんでいるが、射貫くような双眸は健在で蛍は頸を横に振った。
「それより、食べ終えたなら行こう? 用事、済ませないと…」
「用事? 何かあるのかい?」
「個人的な私用だ。おいそれとは口にできない」
退く様子のない男をすっぱりと切り捨てると、杏寿郎は店員へと片手を上げた。
勘定を済ませ、今度こそ稀血提供場へと連れていってくれるのだろう。
男には腹は満たされていると言ったが、真逆だった。
腹は空いている。
中途半端に稀血という馳走を口にした為、余計に空腹は募っているのだ。
周りに迷惑をかけない為にも、早めに血を貰わなければならない。
席を立ちそそくさと身形を整える蛍を、勘定を済ませたであろう杏寿郎が呼んだ。
「蛍」
「うん…?」
しかし彼が足を向けたのは、出入り口の引き戸ではない。
逆方向の、店内の奥だ。
「では、お二人様ご案内しますー」
最初と同じ口調で、店員が案内したのは二階へと続く階段。
「なんで上…?」
「用事はこの先にある」
「そうなの?」
当然のように先を歩む杏寿郎に、頸を傾げつつ蛍も進む。
飲食店の二階など意識したことはないが、てっきり店長や働き手の住み場かと思っていた。
(違うのかな…)
「おやあ。おやおや」
草履を脱ぎ、階段の一段目に足をかければ、なんとなしに引っ掛かる声が呼び止める。
振り返れば、あの男が未だ席に着いたまま、にやにやとこちらを見て笑っていた。
「若旦那も隅に置けないねぇ」
「?」
「蛍」
「あ、はい」
どういう意味か。
目で問えば、男はひらりと片手を振って意味深に笑った。
「楽しんでおいでよ。蛍さん」