第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし✓
「今宵、稀血の用意をする。蛍の言う"慣れ"の為に、然るべきものを手配しよう。それまで体を休めて待て」
「なんで、夜?」
「昼間は俺も不死川も陽を体に当てて、療養しなければならない。医者の命だ」
「あ…そっか…」
す、と音もなく襖を開ける。
「それまでは他人に牙を剥けないように」
「はい」
師範のような姿勢で、それでもどこか違和感が残る。
気圧されるように頷く蛍を置いて、静かに杏寿郎は部屋を後にした。
「……はぁ…」
気配が消えれば、くたりと体の力が抜ける。
それだけ緊張していたのだと、自分自身に驚きながらも蛍は深い溜息をついた。
「…どうしよう」
思わずぽつりと零れ落ちたのは、情けない程に不安な声だ。
(怒らせてしまったかも、しれない)
普段から人間性ができている杏寿郎は、滅多なことでは怒らない。
感情に任せて負の思いが顔を出すことがあっても、すぐに切り替えられる人物だ。
(夜になったら、元に戻ってるかな…)
時間を与えられたのは、蛍にとっても都合がよかった。
恐らく杏寿郎も、頭を冷やす為に時間を設けたのだろう。
でなければ日光浴をしながらでも実弥から採血はできるはずだ。
(とりあえず、私も夜までに切り替えよう)
それでも先程感じた重い空気は、決していいものではなかった。
できれば同じ空気は吸いたくない。
うんと頷くと、両手でぱんっと頬を叩く。
自分もまた頭を切り替えるのだ。
杏寿郎に血を流させないことは前提としても、彼と人間の世界を歩む為の一歩。
そこに陰りを入れないよう、明るい空気を作らなければ。
「よォ。煉獄と話は済ん…何してんだァお前」
「不死川……実弥、さん…」
「急に人の名前呼ぶんじゃねェ薄ら寒ィ」
「どうしたら…いいと思う…?」
「はァ?」
その意気込みも束の間。
のんびりと縁側で陽を浴びる実弥を見つけるや否や、蛍は崩れ落ちるように両膝を着いたのだった。