第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし
「待、って…そういう、話をした訳じゃ…っ」
「そういう話だろう。俺の血を受け付けないと言ったんだ。代替ができるなら、稀血でなくてもいいはずだ」
「それは…っ稀血に慣れる為に」
「何故慣れる必要がある?」
「え…?」
「いくら飲んだところで、酩酊する症状が無くなる訳もない。現に俺の血を飲んでも、仄かに熱を帯びるというのに」
「そ、それは…」
杏寿郎の血だからだ。
愛しいひとの一部を取り込んで、己のものにしているからだ。
そう告げようとして、蛍は赤い顔を隠すように俯いて黙り込んだ。
恥ずかしさ以上に、淡々と言い切った杏寿郎に違和感を覚える。
ほんの少しの可能性でもあれば、挑戦してみようと常に背を押してくれたのは杏寿郎だったというのに。
何故こうも、あっさりとその可能性を切り捨てるのか。
「…わからない、でしょ…無くなりはしなくても、軽減はするかもしれない。稀血を飲んでも、理性を失わなくて済むかも。…それは私にとって、大きなことだよ」
組み敷かれた腕の中で、おずおずと見上げる。
感情を消して見下ろしてくる杏寿郎には多少臆したが、退きたくはなかった。
自分が人として、生きる為だ。
目の前の彼と共に。
その為には、切っても切り離せない"食事"だからこそ、成長していかなければならない。
「だから、今は杏寿郎の精も、要らない。不死川の血だけで、いい」
噛み締めるように、一言一言告げる。
ゆっくりと己の意志を主張する蛍の声に比例して、金輪の双眸が大きく見開いた。
「……」
重い沈黙だった。
たった数秒が、絶え間ない時間に感じる程に。
逃げるように視線を逸らしたくなるところを、ぐっと拳を握り蛍は耐えた。
沈黙を貫いたまま、先に動いたのは杏寿郎だった。
静かに蛍の上から身を退くと、畳に転がしていた注射器を拾う。
「…それが君の希望か」
襖の前に立ち、振り返った杏寿郎は見開く双眸を蛍へと向けた。
陽が差し込まないようにと、締め切っている部屋の影が顔を覆う。
なのにその双眸だけは、鈍く光っているように見えるのだ。