第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし✓
「千寿郎、観察はここまでだ。蛍の正気を戻してくるから、不死川の止血と消毒を」
「あっは、はい」
「別に言う程の怪我でもねェけどよォ」
「…血…」
「蛍が喰い付きに行ってしまうからな。必ず止血してくれ!」
ぼんやりと呟く蛍の足並みは覚束ない。
それでも誘われるように実弥へと足を向ければ、杏寿郎が片腕でその腰を抱いた。
「ぅ…っ?」
「では失礼する!」
軽々と蛍の体を腕一本で抱き上げ、颯爽とその場を去る。
快活な声はいつものように張りのある耳に心地良いものだったが、浅いつき合いではないからこそ実弥は目を見張った。
「随分と安定してねェなァ…」
「ぁ、あんなに血に夢中になってしまうものなんですね…吃驚しました」
「あァ?…ああ、いや。柚霧もそうだが、煉獄の方だ」
「兄上、ですか?」
今し方見つけた訳ではない。
何かと蛍が絡む場面では、今日一日杏寿郎はなんとも言えない表情を垣間見せていた。
昨日の今日だ。
童磨という鬼の脅威から蛍や村を守ることはできたが、心はそう簡単にはいかない。
無闇に踏み入られ、好きに荒らされた。
それも杏寿郎が無二のものと大切にしている女性を使って。
「情緒が随分と波打ってんなァって、よ」
「情緒…あの…兄上に、何があったのでしょうか…」
千寿郎は、童磨との戦いの詳細を知らない。
だからこそ余計に不安は募るのだろうが、それでいいのだと実弥は思う。
鬼の毒牙など知らないまま生きていけるなら、それでいいのだ。
「ン。大丈夫だ、お前の兄貴と姉貴だろォ」
「わ、」
くしゃりと、柔らかに立つ髪を掻き撫でる。
心配そうな面持ちを残す千寿郎に、優しく目を細めて実弥は問題ないと告げた。
「二人のことは、二人に任せておけばいい」