第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし
「……わかった」
重々しい口を開いて、了承を告げる。
ぱっと顔を向けた蛍が、ようやく思いが通じたかと明るい表情を見せた。
「ならば、今はこれだけだ」
「杏…んッ?」
しかしその顔にふと影を落としたかと思えば、反応を伺う隙も見せず。杏寿郎は伸ばした両手で蛍の体を掴み寄せ、唇を奪っていた。
「ん、ン…ッふ…!?」
驚く蛍の唇の隙間に舌を捻じ込み、口内を荒らす。
反射的に逃げようと蛍が身を退けば、腕を掴んだ手が強い力で阻んだ。
頸の後ろと背中へと回った大きな手が、逃がさないとばかりに鷲掴む。
「きょ…ッんぅッ」
蛍が強く抗えなかったのは、その所為で杏寿郎の舌に牙で傷を付けてしまうことを恐れたからだ。
血の味を感じてしまえば、我を忘れてしまう。
稀血の余韻が残っている今、その事態は避けたかった。
それでは杏寿郎を餌としてしまう。
どうにか思いを伝えようと、目の前の服を鷲掴む。
唇の隙間から声を上げようとしても、瞬く間に上から喰らい付かれて息ごと呑まれた。
(だ、め…ッ)
与助や他の男であれば、嫌悪感しかなかっただろう。
しかし相手は杏寿郎なのだ。
その手に触れられただけで体は熱を帯びるし、心は騒ぐ。
そんな相手に強制的にでも口付けを深められて、何も感じない訳がなかった。
「ん、ふ…ッぅ…」
じゅくりと、静かな部屋に卑猥な水音が立つ。
隙間から零れ落ちる蛍の吐息が、甘さを生む。
二人の顎を伝い落ちる唾液が、乾いた畳を濡らした。
「っは…!」
ようやく唇を解放されたのは、肩を上下させる程に息も絶え絶えとなった頃だ。
飲み込みきれなかった唾液を零しながら、蛍の濡れた唇が力無く開く。
「はぁ…ッ杏じゅ…?」
「血が駄目なら、それ以外のもので補おう。それならば文句もあるまい」
何故、と目で問えば、淡々と告げられる。
蛍の顎を濡らす唾液を親指で拭いながら、杏寿郎はゆっくりとその場に組み敷くように覆い被さった。