第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし✓
一度それを味わってしまえば、耐えていた空腹が叩き起こされるようだ。
流血を促すように、無意識に吸い付いていた。
「ちゅ…はァ…ん、」
傷だらけの手首を掴み、口に含んだ指を吸い上げ、じゅるりと唾液と共に微かな血の味を飲み込む。
瞳はぼんやりと朧気に潤い、頬は血色よく高揚し、唇の隙間から零れ落ちるのは熱い吐息。
酒に酔ったようにくちゅくちゅと指先を口内に含み続ける蛍に、流石の実弥も採血の手を止めた。
「…オイ。正気保ってんのか」
「っ…ハァ…足りな、い」
「だから今やろうとしてんだろォ」
「ん…っはや、く」
「ったく。待てもできねェのかお前」
「それまでだなッ!!!」
呆れ声で実弥の手が、強請る蛍の顔に触れようとした。
むんずとその手を掴み、同時に蛍が咥えていた実弥の指を引き抜く。
強制終了させたのは、口角を上げてはいるが目は笑っていない杏寿郎だ。
「あ? まだ半分もやって」
「いいやそれまでだ! それ以上は千寿郎の教育上よくない!!」
たった数滴与えただけだと実弥が告げ終える前に、言い切った杏寿郎の背後。其処には顔を両手で隠した千寿郎が、縮こまっている。
焔色の髪から覗く両耳は、その髪色に負けず劣らず真っ赤に染まっていた。
「…あァ」
確かに、教育上よろしくない。
自分は構わないが、千寿郎が反応しているのは姉と慕う蛍の見慣れない姿だろう。
蛍の立場も思えば、これ以上血を求める姿を千寿郎の前で晒すのは止めた方がいいかもしれない。
「ということで稀血の訓練はここまでだ。蛍」
「…ぇ…?」
「そこから先は、俺が担おう」
それからの杏寿郎の行動は早かった。
今だ稀血に中てられ、ぼんやりと朧気な表情を見せている蛍の口元を袖で拭い手を引く。
実弥の手に握られていた注射器一式も手早くまとめると、距離を取るように廊下へと足を向けた。