第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし
「さぁ、続きだ」
「え?」
「まだ満足に血を摂取していないだろう」
向かい合い座る杏寿郎の手には、見慣れた注射器。
その言葉の意味をすぐさま理解した蛍は、反射的に押さえるように上から握り締めた。
「だめっ」
「む?」
「杏寿郎の血は、要らない」
「………何故だ?」
「言った、でしょ。杏寿郎にばかり血を貰ってるって。他の柱から貰えるなら、その方がいい。一人に負担をかけ過ぎてしまわないように」
「俺は負担だと思ったことは一度もない」
「杏寿郎がそうでも、」
「現に血を与え過ぎて貧血になったこともない。自分の体のことは自分自身よくわかっている。人としての食事をきちんと摂取していれば、俺の体に支障はきたさない。問題があるか?」
「…それ、は…」
淡々と告げる杏寿郎の意見には、非の打ちどころがない。
本人が身体的にも精神的にも問題ないと言ってしまえば、断る理由がない。
それでも蛍は譲れなかった。
(とにかく、杏寿郎に血を流させたら駄目だ)
これ以上、自分の体を杏寿郎の血の匂いで染めてはいけない。
童磨は人間の男に興味のない鬼だったが、節操のない鬼ならば蛍の纏う杏寿郎の血に食欲を覚えるかもしれない。
杏寿郎を餌になどさせてはいけない。
自分にとっても、他の鬼にとっても。
「でも、杏寿郎に怪我をさせる。それが嫌なの」
「…傷だらけの不死川はよくて、俺は駄目なのか?」
「そ、そういう問題じゃなくて…とにかく! 私は杏寿郎の血は飲まないッ」
ぷいとそっぽを向く。
強い意志を見せる為に蛍が声を上げて拒めば、反して杏寿郎は静かな沈黙を作った。
「…蛍」
「な、何」
「飲みなさい」
「今回だけは、遠慮しますっ」
静かな命が、余計に圧を感じさせる。
それでも蛍は頸を縦に振らなかった。
甘えてはいけないと、自身に喝を入れる。
「何があっても今回は飲まない。代替できるなら、他の人の血を貰う。不死川に採血だけ頼んで、後は誰もいない所で一人で飲むようにする。それなら稀血でも問題ないでしょ?」
「……」
今度は杏寿郎が反論を止める番だった。