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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし



「あ? まだ半分もやって」

「いいやそれまでだ! それ以上は千寿郎の教育上よくない!!」


 たった数滴与えただけだと実弥が告げ終える前に、言い切った杏寿郎の背後。
 其処には顔を両手で隠した千寿郎が、縮こまっている。
 焔色の髪から覗く両耳は、その髪色に負けず劣らず真っ赤に染まっていた。


「…あァ」


 確かに、教育上よろしくない。
 自分は構わないが、千寿郎が反応しているのは姉と慕う蛍の見慣れない姿だろう。
 蛍の立場も思えば、これ以上血を求める姿を千寿郎の前で晒すのは止めた方がいいかもしれない。


「ということで稀血の訓練はここまでだ。蛍」

「…ぇ…?」

「そこから先は、俺が担おう」


 それから杏寿郎の行動は早かった。
 今だ稀血に中てられ、ぼんやりと朧気な表情を見せている蛍の口元を袖で拭い手を引く。
 実弥の手に握られていた注射器一式も手早くまとめると、距離を取るように廊下へと足を向けた。


「千寿郎、観察はここまでだ。蛍の正気を戻してくるから、不死川の止血と消毒を」

「あっは、はい」

「別に言う程の怪我でもねェけどよォ」

「…血…」

「蛍が喰い付きに行ってしまうからな。必ず止血してくれ!」


 ぼんやりと呟く蛍の足並みは覚束ない。
 それでも誘われるように実弥へと足を向ければ、杏寿郎が片腕でその腰を抱いた。


「ぅ、…?」

「では失礼する!」


 軽々と蛍の体を腕一本で抱き上げ、颯爽とその場を去る。
 快活な声はいつものように張りのある耳に心地良いものだったが、浅いつき合いではないからこそ実弥は目を見張った。


「随分と安定してねェなァ…」

「ぁ、あんなに血に夢中になってしまうものなんですね…吃驚、しました」

「あァ?…ああ、いや。柚霧もそうだが、煉獄の方だ」

「兄上、ですか?」


 今し方見つけた訳ではない。
 何かと蛍が絡む場面では、今日一日杏寿郎はなんとも言えない表情を垣間見せていた。

 昨日の今日だ。
 童磨という鬼の脅威から蛍や村を守ることはできたが、心はそう簡単にはいかない。

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