第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし
「採血すりゃいいんだろ。わかってらァ」
「じゃあ早く」
「それまでこっちで我慢してろ」
「んぶッ!?」
構える暇もなかった。
採血を急かす蛍の目が注射器へと向いている隙に、実弥の指が遠慮なく突っ込まれたのだ。
鋭い牙を持つ鬼の口内に。
「牙ァ立てるなよ。これくらいなら余裕で耐えられるだろォが」
指を蛍の口に突っ込んだまま。器用にその腕に紐を結び付けて、採血の準備に取り掛かる。
言葉の通り、採血までの繋ぎとして慣れておけと言うつもりだったのだろう。
しかし蛍はそれどころではなかった。
「っふ…ふ…」
息が荒くなる。
じんわりと口内に滲み広がる甘い血の味は、杏寿郎のものとは比べ物にならない程強烈だ。
たった一滴。
喉を通しただけで、全身の血液が呼応するかのように脈打つ。
ドクリドクリと、自身の脈を耳に感じながら、歯を食い縛らないようにと踏ん張った。
食い千切ってはならない。
そんなことをすれば、実弥の指は戻ってこない。
それに二度と、この血は味わえなくなるだろう。
(…足りない)
しかし小さな注射針で突いただけの傷口では、数滴しか味わえない。
足りないとばかりに、喉がこくんと嚥下する。
一度それを味わってしまえば、耐えていた空腹が叩き起こされるようだ。
流血を促すように、無意識に吸い付いていた。
「ちゅ…はァ…ん、」
傷だらけの手首を掴み、口に含んだ指を吸い上げ、じゅるりと唾液と共に微かな血の味を飲み込む。
瞳はぼんやりと朧気に潤い、頬は血色よく高揚し、唇の隙間から零れ落ちるのは熱い吐息。
酒に酔ったようにくちゅくちゅと指先を口内に含み続ける蛍に、流石の実弥も採血の手を止めた。
「…オイ。正気保ってんのか」
「っ…ハァ…足りな、い」
「だから今やろうとしてんだろォ」
「ん…っはや、く」
「ったく。待てもできねェのかお前」
「それまでだなッ!!!」
呆れ声で実弥の手が、強請る蛍の顔に触れようとした。
むんずとその手を掴み、同時に蛍が咥えていた実弥の指を引き抜く。
強制終了させたのは、口角を上げてはいるが目は笑っていない杏寿郎だ。